日本実践空手道 英真会

 愛と平和な西新宿な日々 と 高円寺の夜
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    夜明けのスキャット 32
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       最近の僕のマイブームは寂びれた漁村のスナックで飲んだくれる事  波乗りではメジャーなポイントといっても世間からは取り残された場所。 そこで働いているねーちゃんとお話する。

       大体×一子持ち 旦那はとっくにどこか遠くにいっちゃった

      子供のミルク代稼ぐ為 今日も元気にお酒を作る

       ガチンコで生きている奴らと酒を飲むのは 本当に楽しい。

        場所は千葉北端の港町  


      お気に入りのポイントがあり 波がいいと思われる日は前日入りする。 そこでスナックで一人でふらりと入る。

       適当に店に入り席に付く。  一人の女性がついた。 どこか疲れた感じがした。


      顔をよくみるとかなり美形にはいる。 しかし体からにじみ出る苦労は けっしてかくせなかった。

       とりあえず  「 オッ  かわいいね!」

      と一言いう。 人類に言葉というものが生まれた時から男と女がだまされるポイントがある。

       男は外見でだまされて 女は 口でだまされる。


       この定義はきっと何千年前から きっとかわらないだろう。 これからも

       たわいもない会話をする。 顔に表情がない。  精神的に追い込まれている顔付きだった。

      「 ところで 歳いくつなの?」 


      「 幾つに見えますか?」

      「 うーん 27歳位かな…」

      彼女はショックを受けた顔をしていた  聞いてみるとまだ21歳だそうだ。 子供もすでにいて もう4歳になる。

       17歳で子供を生んだそうだ。 17歳の時ナンパされそのまま付き合い子供もできたそうだ。

      最近別れたそうだ。  旦那の歳は 俺と同じ歳だそうだ。

       この子は 子供を育てる為夜な夜な水割りを作る。 俺はありとあらゆる言い訳を言ったのだが 彼女にはつうじない…  落ち込んでいた

       俺も何いっていいか分からず こういった。


      「30歳以上の言ってる男の言い分なんて絶対信じちゃだめだよ」


         彼女はくすっと 笑った。 すこし機嫌を取り戻した。

      それからたわいもない会話をしていた。 彼女が気になる一言いった。

          「 好きな子と やってる? それが一番だよね…」

              俺は ドキッと した。   彼女がものすごくきれいにみえた。 恋か?

        それから何日かして彼女に会いに行ってみた。  その店はつぶれていた。

        この町もメソットとあまりかわらないのだろうか?



         三回目のメソット行きだ。 前回は 空手の試合でいけなかった。 やはり俺が行くべきだったのだろう。  メソット関係者は 俺の事非常に警戒している。 

       空手の基本で 相手と戦う時絶対必要な 思考がある。  相手を尊敬する事だ。

         戦う相手は けっして弱くはない。 俺と戦う為準備をしてきた人なのだ。

      「 あなたは 強い。  でも 俺も強いんだぞ!」

           この気持ちだ。      その気持ちはけっして忘れてはならない。

       おれは メソットという町と戦っていた。 相手は一筋縄では いけない相手だ。

      でもおれは この件にかんして徹底的に調べ上げている。  俺も一筋縄では いかない相手なのだ。

         相手にとって  


      メソットに行く前  休日 空いている時間をすべて犠牲にして報告書を多方面に送った。  いろんなところから非難の嵐だ殺到した。  名指しで 俺が怪しいと思っている人の名前をすべて書いてい送った。


       送った場所は 俺と接したすべての相手  日本領事館 警察 マスコミ 知人すべてである


      この事件の関係者は眠れない日々をすごす事となる。

      メソット在住者は 盗聴器を仕掛けられたとか 知らない間に誰か部屋の中にはいって物色された形跡があったとか俺に言っていた。

       俺と接触したすべての人物はメソットから姿を消していた。 桂三が利用していたゲストハウスは 跡形もなくなっていた。 更地になっていた。

       桂三の事扱っていた警察もメソットにはすでにいなかった。


       すべての書類を持ってメソットに向かう。 領事館からもらった司法解剖報告書ももって。

      この報告書をもらった時 領事館は 和訳もなにもしないで俺にわたした。

        おれは 激怒した。

      「 あの…  俺タイ語わかるとおもいますか?  なぜこのような面倒なことするんですか? そんなにこの事件はあつかいたくないのですか?」

       ありとあらゆる罵倒をしてやった。  

      和訳して貰った。 もちろん有料ですけど。 たしか1000バーツ支払いました。  日本円だと たかが3000円くらいなのだが タイの物価に換算してみたらものすごい金額である。

       ちなみにタイ人がもらう時給は 大体20バーツ位といわれている。ちなみにタイ人の一ヶ月の給料は 人にもよるのだが 7000バーツから10000バーツ位である。 この値段の高さは なんとなく分かるだろう。

       外務省もこういう小さな嫌がらせはするのだろう。 税金払うのやめようか と真剣に考えた。


       メソット在住の人にもしかられた。   お願いだから日本人を疑うのは やめてくれ


         とも言われた。

       しかし 疑う余地のない 人物は 日本人であるのは確かなのだ。

      桂三が なくなった時 桂三が持っていた書類関係をとりに来た人物達がいる。

      その中に 桂三と喧嘩を繰り返していた人物もいた。 その人物も一人は カレン解放区に入る予定だったが 桂三が 亡くなってすぐメソットから姿をけした。

       一応一人になぜ 書類取りに行ったのか 確認した所 警察に応酬される可能性が あるからだそうだ。

       実際桂三の遺品で無くなっていた物は 多数あったのは事実でもある

        もう一人の人物はいま現在も行方不明  連絡を取りたいのだが 連絡はとれない。


      兵庫県 出身である。  この日記を読んでいる兵庫県出身の方で タイ メソット カレン民族と関わったすべての人の 情報をお待ちしております。

       報告書には 桂三は麻薬がらみでメソットにきたという噂 ということも書いてある。 

       実際桂三は 麻薬関連の情報をメソットでかき集めていたようだ。


       カレン関係の情報では 桂三の行方を追っていたタイ人がいた。  麻薬がらみだとも聞いた。

      この辺は確かではない。 あくまで情報である。


      メソットでは 麻薬は非常に安く手にはいる。  カレン関係から仕入れるとタイの相場の何分の一かで購入可能だそうだ。  タイの麻薬で有名なのが 「 ヤーバー」 である。

      覚せい剤の錠剤である。 バンコクだと一錠 500バーツから1000バーツ メソットだと 最安値 10バーツから50バーツで手に入れることも出来る。

       ただ 警察関係に 外国人が メソットで購入して外国に持っていくのは ほとんど出来ないそうだ。

      でも読んでいる方にいいたい。 絶対やめるべきである。 リスクが非常に高い。 高すぎる。


      捕まれば 終身刑 最悪死刑でもある。


       メソット在住者M氏が 思いを詰めたような表情をして俺にこう言って来た。

        今日話しがあるから 家に来てくれといわれた。 

       早速彼の家に向かう。 このような話を聞いた。

      話 を聞くとき 大音量で音楽をかけて テレビもつけた。  盗聴防止だそうだ。

       


       メソット周辺で 日本人がとある事業に失敗した。 コンニャク芋が メソット周辺で安く手に入れることが出来るそうだ。

      それを日本に輸出して一旗あげようとした日本人がいたそうだ。 しかし事業に失敗


      その借金は 相当な額   その人物達は日本に麻薬を送っていたという噂があったそうだ。


       その当時モエイ川が氾濫し 自然災害が起きる。

       その人物たちは 日本で募金を集めた。

       その金の行方がわからない 懐にいれたという噂


      それが 桂三が関わっていた日本の暴力団関係者である。

       桂三は 五菱会とはいっていなかった。 五菱会とはなかが悪かった団体に関係していたと証言があった。

       新堂誠は この団体関係者から狙われていた。  これは新堂から証言を得ている。

      その時期が 桂三が殺された時期とかさなるという話だそうだ。


       これと関係あるかどうかわからないが 盗聴器が仕掛けられたらしい。

        中野さんの自宅にも盗聴器仕掛けられたらしい。


      この話はあくまで噂である。 本当かどうかはわからない。 桂三とこの話がつながるのかもどうかも分からない。

       この人物達は KNUとも関わっているそうだ。

       段々とこの話も読めてきた。 もう少しでたどりつきそうな感じもある。 そろそろ追い込みかけようと俺も本気になった。

       この件で小川氏に相談した。   それだったらチンナワンソに頼んだら? ということだった。

      俺は やめたほうがいいのでは? とおもった。

       チンナワンソは 俺にあまり言いイメージは ないとおもう。 理由は あの報告書にあった。

      影で俺の悪口も言っていたとも聞いている。  悪口は言われなれているのであまり気にはしないおれなのだ。

       この辺は 俺はタイ人と一緒でもある。 向こうも承諾した。 費用は もちろん俺が出すということ。

      この時期チンナワンソは まだタイの寺にいた。


       
      しかしチンナワンソはこなかった。  メソットではなく 東京に帰ってきてしまった。  どうせ宗教関係なんてこんな物だろう とおもって あまり怒りはしなかった。

       チンナワンソ比丘は 今年2月になくなった。 俺の予想ではあるが タイにまだいたらもう少し長生きしたような気もしないではない。

      ミクシーで 彼の日記を読むと 体がつらい… としか書いてなかったような気がする。


        この辺は諸行無常に書いてあるからそっちを参考にしてもらいたい

      今回は 通訳は必要とおもい個人的にさがした。 タイ在住の友人にたのんだ。

      気持ちよい返事が返ってきた。

      友人の紹介で元UWFインターのタイ人コーチ ボーイ チョーワイクンが通訳として同行した。


       この辺も諸行無常に書いてある。


       M氏と ボーイさんと俺で警察に向かう。 ちょうどその日は 金曜日しかも午後4時ごろだった。

      桂三の事件扱った人物はまだ一人いるという事だった。 月曜日にならないと来ないといってきた。


       おれは またか! とおもった。 どうせ月曜日になってもその警察は来ないだろう…

      一緒に行った通訳のタイ人も こんな事いわれていた。

      「 お前こんな日本人の 通訳するのか? 本当は日本人なんだろ?」

      「 違うよ タイ人です!」


       何度かタイに来ていると言葉が 段々理解していくようになってくる自分が怖かった…

      もう一人のタイ人警察と何か話していた。 それは 何言っているか分からなかったのだが この事件のキーワードとも取れる会話だった。


       その夜 俺は 飲みに行きたくなり ボーイさんを誘って飲みに言った。


      非常に楽しい時間であった。


       朝起きたら ボーイさんが俺にこう言って来た。

      「 吉田さん ボーイの 友達  メソット警察にいる。 昨日警察で 聞いてきた。  番号もきいてる。

      一緒にいこうか!」


       そんな大事な事もっと早くいえよ! と 思わず大声で言ってしまった。

      さっそく着替えてサムローを捕まえる。 聞くところによれば サムローもムエタイ選手だったそうだ。


       30戦位しているそうだ。  日本だったらベテランの域だが タイだったらその他の選手位の戦歴である。  場所は メソット警察が管理しているジムだった。


      サムローは サンドバックを見つけ 蹴っていた。  非常に上手いテンカオ(膝蹴り)をだしていた。


         彼の名前は リッテイチャイ
      ラジャで フェザー級一位まで 上り詰めた選手でもある。  あのラモンデッカーとも試合をしている。 二人とも  名門 チューワッタナージムの選手だった。

       この試合は ユーチューブでも見れるので興味ある方さがしてみてください。



         

      場所を探すのは 非常に苦労した。 普通の観光客は絶対いけない場所 いや 見つけることは難しい場所であった。 メパの方にあった。

       一人のミット持ちが 選手のミットを持っていた。  

       なんとなくだが 向こうは 俺の存在にきずいていたようすだった。  とりあえず今日一緒に飯でも行こう! ということになった。  もちろん俺のおごりである…

       リッテイチャイは すぐ飯に行こうといいだす。 どんなにおなかが一杯だとしても… それは後年の話


      その夜 メパのほうにある高級タイ料理やで食事して ムエタイコーチ ツーポットを 呼んでもらった。

      話を聞く。 桂三の事はよく知っていた。 おかげさまでいろんな話を聞けた。


       knuの話も聞けた。  メソット周辺では ギャングのような扱いだそうだ。

       現在カレン人の奥さんをもらい子供が一人いる。

      ミット持ち以外は 車を洗車する仕事をしている。

      ツーポットからいろんな証言が得られた。 


       桂三はバイクを所持していたそうだ。 このバイクでメソットを歩き回っていたそうだ。

       桂三と仲がよかったタイ人 パーウィットの存在  桂三が仲がよかったミャンマー人 オーの存在が分かる。


       多分メソット関係者がいっていた怪しいタイ人の存在は彼の事だろう。

      あるとき桂三が あるタイ人と話していたそうだ。  それをメソット在住の日本人が目撃した。

      その人物は「 この人誰?」

      と聞いたのだが 桂三は 答えなかったそうだ。  そのタイ人は「 僕日本人!」 と 下手な嘘をついたそうだ。

       その人物は あまり怪しい地元の人間とは 付き合うな! と提言した。


       桂三の遺体確認しに行った時 メソット警察が一枚の女性が写っている写真を持っていった。

      その写真は返ってこなかった。


      多分 オーの写真だろう。 オーは現在ミャンマー側の家にかえってしまったそうだ。


       


       桂三と喧嘩していた一人の日本人 オー  ムエタイ選手 パーウィット が この事件のすべての鍵を握っていると思われる。 一応パーウィットの番号も聞けた。 しかしつながらなかった



       桂三と仲が悪かった兵庫県出身の人物  桂三と仲がよかったムエタイ選手 パーウィット

      そしてメソット警察が 持っていった写真の人物と思われる オーという女性


          この三人がこの事件の鍵なのだ。  全員消息不明である。


       もう一人会って話しをしたい人物がいる。 元五菱会トップ 梶山進である。

      いつか彼と話がしたいと思っている。



          これが俺が調べた結果である。   この事件まだおわっていない


       世の中には このような事件は たくさんあるそうだ。  他人事では けっしてない話なのだ。

       俺には 関係ないと思っているあなたも いつ巻き込まれるか分からないのである。




      何年かかろうと真相は調べるつもりだ。 たとえ命の危険があろうともそれは俺のしったことではない。

       最後に 多方面に送った報告書をアップして終わりにしたいと思う。
      | tosiyosi | 夜明けのスキャット | 22:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
      夜明けのスキャット 31
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          たまには 三回目の投稿もありでしょ


         タイに潜り込む為キックボクシングジムを探す事にした。  以前僕の友達が在籍していたオグニジムという所に決めた。


        月謝も他の所に比べれば安くしかも近所だったのでそこに決めた。

         正直いえばプロになるつもりはさらさらなかった。

        ムエタイに接する事によって タイ人の考え を学びたかった。

         ちいさな誤算があった。 キックボクシングがこんなに楽しいとは思わなかった。

         仲間も楽しい連中ばかりで 桂三の事も忘れるくらいたのしい毎日だった。


        特にタイ人コーチ バイブーン先生と オグニジムの斉藤会長の人柄の良さが加わり楽しい毎日が続いた。


         最初はとるつもりもなかったプロライセンスも取得した。

        当時金に非常に困っており それだったらリングにあがり チケットを売りさばき資金をかせごうとした。


         ためしに出たオーエンジャイでは タイ人コーチとも軽い試合もしてリングってこんな楽しいものなんだ!  とおもった。


         二回目のオーエンジャイは とある有名な選手とも試合した。

        結果は ko負けだった。

        彼からいろんなアドバイスを受け キックボクシングのテクニックの奥深さに感激した物だ。


         オグニジムは 僕より体重が軽い人ばかりだったので 少し調子にのっていた部分があったのだが

        この試合で 彼は「 リングって そんな甘い物では ないぞ」

        ということを体で教えてもらった感じがうけた。

         自分でいうのもなんだが キックボクシングは俺に向いていたような気がする。


        もっと若いうちからやっておけばよかったな と思ったりもした。


        自分でいうのもなんだがある程度結果残せた自信はある。


        あともう少しでプロのリングという段階で 吉田架設という会社を始めることとなった。


        この辺も諸行無常に書いてあります。

         そんな楽しい日々が続き 元義勇兵のz氏から連絡が入る。


        テレビ朝日のスーパーモーニングという番組のデレクターから 桂三の事件に関して 取材がしたい


        という連絡が入る。


        俺は喜んだ! この事件が世間に公表される! この事件がもしかしたら解決の方向に行くかもしれない!

         おれは 早速その取材を受けた。

        初めての取材で緊張してしまい 何をしゃべっていいか分からなかった。


        俺なりの意見を言いたいのだが 考えがまとまらず言いたい事の半分も伝える事は出来なかった。


         おかげさまでその話はボツとなった。


        向こうの理由をきいてみると 世間では 海外のこういう話は 興味をもってくれない。


        という理由だった。  やはり金にならない話は 扱ってくれないという意味なのだろうか?


         少し話題になった事件は徹底的に事件を追うのだが 世間ではまったく無視されたこの事件は金にならない ということで無視された扱いだった。

         ただ デレクターからは 絶対あきらめないでください。 このような事件はたくさんあります。


        と伝えられた。


         この時俺は 本当に自分の手でやるしかない! と心にきめた。



        キック始める前 この事件のことは忘れようとして一人の女性と付き合った。 俺一人ではどうしようもない  とあきらめたことがあった。

         それで 以前から気になっていた彼女に思い切って告白した。

        彼女は OKといってくれた。

         最初はうまく行っていた。 伊豆のほうに旅行もいった。 次は海外に一緒に行く事に決めた。


         最初はバリに行く事に決めていたのだが 忘れるはずの桂三のことが気がかりでタイに決めてしまった。

         タイに行く前この事件の事を告げた。  でもタイについたその日別れ話切り出された。


        正直とてもつらかった。 この時俺は思った。 やはりこの事件が終わるまで俺に 幸せ という言葉は無縁なのだ ということが


         そのとき桂三の写真を彼女にみせようとしたが 彼女は拒否をした。

         桂三の事受け入れてくれないということは 俺も彼女を受け入れる事はできない

        と 俺は深く認識した。


         最後は カオサンロードで別れることを決めた。 楽しいはずの旅行が 本当につらい旅となった。


         あれから誰とも付き合ってはいない。  正直いえば怖かった。 おれだけ幸せになっていいのだろうか?  ある意味俺も桂三を追い込んだ一人かもしれない という気持ちも交差している。


         桂三の事を忘れる事が 怖かった。 


        そういうことも重なってキックボクシングは俺にとって大事な魂の洗濯場ともなった。


        マスコミに見捨てられたということもあり 俺は この時覚悟という意味を体で理解した。

         
        | tosiyosi | 夜明けのスキャット | 19:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
        夜明けのスキャット 30
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             今日はやる気まんまんなので二回目の投稿!

          この日記を読んで五菱会とは何? という人もいるだろう。


          俺が知っている事を 書いてみようと思う。



          五菱会系闇金グループは 組織的に作られている。
           トップ梶山進の下に

          SIグループの他に TO (松崎 敏和) OK(奥野博勝) F C

           AR と分かれている。

           その下に統括するセンターがありそこからいたるところにある店舗に 指令を出す。 その下に集金人がいる。 集金人に 桂三の上司佐々木(仮名) がいた。さらにその下が 平社員である。

           店舗数は 全盛期で1000店舗はあったらしい。

          この説明で少しわかると思うが 下っぱが捕まっても上までばれないようにできていた。

           もしつかまって拘留されて口割らなかったらボーナスがでた。
          その金額はっきりわからないが 300万とも言われている。

          なぜこんなに組織的で警察に捕まったかというと とある店舗で捜査を食らった時 小さな紙切れからセンターの場 所を突き止めた。 そこから芋ずる式に捕まっていったらしい。

           ちなみに一番最初に五菱会系闇金グループが捕まえたのは
          広島県警である。 この時はまだわからなかった。 その後だ。

           一度崩れだしたら止まらなかった。 その一番の理由として
          この闇金グループは 何処で人を集めたかというと なんと普通のアルバイト雑誌である。 
           高給に釣られアルバイト感覚で面接に行って働いてみたら そこは 闇金… その辺のアンちゃんである。 やはりその辺のアンちゃんは 気合の入った警察官に胸倉捕まえられたら しゃべっちゃうんだろうな…

           彼らがどれくらい稼いでいたか… 興味ない?
          これは 直接新堂から聞いた話である。 ニュースでは 東京ドーム貸し切ってグループ同士野球でたたかわせたり

           クローゼットから金がはみ出していた とかだが言っていた。 が

           俺が聞いた話では 1店舗の一月の売り上げ 1千万らしい
          単純に計算しても 1千万× 千店舗… 計算してください…

           皆で社員旅行した時は 国際線の飛行機貸切になったこともあったらしい。 話では 結果的には貸切とはいっていたけど


           話半分でもすごい話である。

          毎月銀座当番というのがあって がんばった人限定で 会長も一緒に酒をのんだ。 大体一晩300万位使ったらしい


           この話聞いたとき正直いって俺にも少し回せ と思いました…


          http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%8F%B1%E4%BC%9A ここをクリックしてもらいたい。

           五菱会は その後解散して美尾組という名前に代わった。 現在は 清水一家という名前で活動している。

          ここをクリックすれば 空手関係者なら おやっ? と思う。空手関係者なら 誰でも知っている名前が 載っている。あえて指摘しません。

          そしてもう一人 空手歴15年以上の人なら とある名前に気づくはず。

           もう一人とある人物に 目がいく。若頭の部分だ。 この人物は 大分前破門になった人物の名前と 一文字違いである。 この人物も 金融関係に務めていたと 私は聞いている。 ただし本人とは限らない。

           現在このウィキペデアは 編集されており以前載せた物ほど詳しくは書いていない。




           

            梶山という人物について知っている事を書こう。


          梶山進 と高木は 幼なじみのあいだがらだそうだ。 まだ出資法が厳しくなかった時代この二人は金融でのしあがっていった。  それが五菱会の始まりだそうだ。


           この辺は他の著書を読んでもらいたい。

          この二人が現在の闇金の基礎を作った とも言われている

           この人物は山口組五菱会という所のトップというと 非常に恐持てというイメージがあるが

          ぜんぜん違う。 非常に人間身のある人物でもある。 普通やくざというと 自分の下のものが自分よりいい車に乗ると いい顔しないそうだが 儲けた金は自分で 使え という考えの持ち主だったらしい。

           こういう話を聞いた。 梶山進が所有している船で クルージング行った時 桂三は 船のデッキの上で思わず椅子で寝てしまったらしい。

           桂三はこの時 付き人という形で 梶山に同行した.付き人といえばはっきり言えば弾除け ボデーガードである。 付き人があまりにも気持ちよかったから寝てしまうなんて言語道断である。

          はっきりいってヤキ食らうのは 目に見えている。

          しかし梶山は それを見て何も言わずそっとしておいた。そういうやさしさも持っている男でもある。

           五菱会は 月に一度東京ドーム貸し切って グループ同士野球で戦わせたり 一番がんばった人には 銀座に連れて行って好きなだけ酒をのまましたりもしていた。 もちろん梶山も一緒である。

          そういう下の物に対して 気遣いということは 出来た人物でもあった。

          そりゃそうだろう 組織のトップが がんばったからといってこういうねぎらいが できる人物には誰でもついてくる。 しかも 山口組のトップと 話が出来る人物に酒のましてもらったなんて ある意味自慢話だ。

           五菱会は 非常にまとまった団体でもあった。これが 一般企業なら大成功だと思う。

           挨拶と時間には 非常にきびしかったらしい。 五菱会系の闇金の募集は 普通のアルバイト雑誌で募集していた。 その時面接して時間が守れない人 雇わなかったらしい。

           桂三の幼なじみの阿部君も 一回面接にいったそうだが 面接の時間に遅れてしまい 採用不可となったそうだ。


           闇金系のパソコンソフト開発したりもしていた。金の扱いにも非常に厳しく 五菱会特有の金のまとめ方があったらしい。

          それで 摘発されてしまった例もあったと聞いた。

          俺も今 個人商店ではあるが自分でやっている。 少し見習う点も少なからずある。

           梶山は 空手が好きらしく 自分の息子二人を とある空手団体の総本部に 入門もさせていた。

           この団体が世界大会開いた時 協賛していた。 五菱会が捕まった時 一瞬だけ この団体が絡んで入るんでは ないかと少しだけ捜査が入った。

           しかし特に何もなしということで捜査は終わったらしい。


           
          | tosiyosi | 夜明けのスキャット | 18:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
          夜明けのスキャット  29
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              気が付いたら非常に長い日記になってしまった。  以前書いた物を読み返したら書き直し箇所が多数あり 書き直しております。

             非常に楽しい作業でもありもしかしたらむいているのか? という感じで調子こいております。

             これも皆様のアクセス数が僕の勇気をくれるわけでして がんばっている次第であります。


             では

             試合も終わってホット一息ついて一人鴨川の方に波乗りに出かけていた。 唯一俺の愚痴聞いてくれるのは、海しかいなかったな

             海はやさしいよ だって俺がつらい時 悲しい時は なぜか極上の波をプレゼントしてくれた。


             コンビニで チョコ買って一人黙々と食べていたら妹から電話がかかってきた。
             

            場所は 鴨川方面


             かかってきた内容 「桂三君の携帯みつかったよ! ゲストハウスの人が 出してくれた!」

             携帯電話には 桂三のメールのやり取りもしっかりとはいっていた。

            内容は 連絡ください がかなりの件数はいっていた。

             もう一人は 桂三とかなり親しかった様子の女性とのやり取りだった。  妹は 早速連絡取った様子だったが あまり相手されなかった。

             しょうがなく駄目元で 俺が連絡先を聞いて 鴨川から電話をした。

            彼女は とある地方都市出身のホステスで 俺達が生まれ育った場所からも近い所の出身者だった。

             彼女は俺からの連絡をまっていたような感はあった。

             同じ東北人だ。 俺は気合をいれて東北弁をつかった。

            彼女は 桂三とかなりしたしかったようだ。 仕事を離れて色々なことはなしていたようだ。




             聞いた話によれば 桂三が死んだ事に触れる事は ご法度だったようす。 桂三は ちょっと前に世間を騒がせた 山口組 五菱会だったことを聞いた。

             この時初めて五菱会に関わっていたことが確定した。

            なんとなく気が付いてはいたが みとめたくはなかった。


             五菱会の連中は 上が全員捕まった同時に 各地に逃げ回った。
            中には東南アジア方面に逃げた人物もいたということ。

             今は やばいから一度かたぎの仕事に戻り もし何かビジネスチャンスが あったら全員で集まって仕事しよう と 五菱会連中は 話していたそうだ。

             ちなみに何人か五菱会関係者の連絡先はしっているが いまだにその連絡先は誰一人つながる。

             そして最後の彼女は 僕に こういってきてくれた。

            「 私 結婚するんです… 子供もできたんです… 幸せになりたいんです…  お願いします…」

             「わがった… 幸せになるんだよ いいね  悪い奴らとは かかわりになるんじゃないよ}

            そういって電話を切った。 それから 彼女には 一切連絡はとっていない。


             携帯電話から もう一人重要人物のアドレスが入っていた。 桂三の幼なじみの連絡先である。

             桂三が亡くなったとき密葬で葬儀をやった。密葬とは 身内だけでやる葬儀である。 桂三の地元の友達には 誰一人連絡がつかなかった。

             桂三はなぜか友人も限られていた。 好き嫌いはっきりしすぎて嫌いな奴とは 絶対口は聞かなかった。

             この子とは 幼少からの幼なじみで いつも一緒になってあそんでいた。
             そういえば小さい頃家の周り 桂三たちが

            無邪気に走り回っていたのを いまでもおもいだす。

             僕の家の前は 城跡 二反田城である。 子供の遊び場には 最高の場所だった。

             彼に連絡取ったとき彼は非常に落ち込んでいた。


             

            。 やはり知らなかったみたいだった。 かなりショックを受けていたそうだ

             でもその子からかなり貴重な証言えられた。

            桂三が自分で店舗出す前の店の所在地がはっきりした。 五菱会系闇金は 幾つもグループに分かれている。 桂三は S Iグループに所属していた。 そのS Iグループの 集金人のトップの店 「ワイズ エージェンシー」の場所

             最近テレビで放映された「 クロサギ」 の著書 夏原 武の書いた

            闇金の話「 闇金融のおきて 死んでもかえせ」

            に そのワイズエージェンシーの名前が出てくる。この本は五菱会について詳しくかかれている。 興味ある方は 読んでみて下さい。

             その外色々な貴重な話が聞けた。実際会って話もした。
            この子とは 何度かあってるはずだが 小さい頃の面影はなかった。

             それからすぐだった。 SIグループの責任者が 出資法違反でつかまったのは。 この記事も偶然みつけた。

             パソコンでたまたまその人の名前を検索してみたらかなりの件数がヒットした。

             俺は この記事見つけたとき 思わず ガッツポーズした。

            その人物は懲役2年 罰金200万を仙台地方裁判所に命じられた。

            しかし罰金200万って 安すぎます。五菱会計闇金が 暗躍したとき
            月の売り上げ 一店舗1000万といわれている。

            五菱会系闇金の店舗は 日本全国に2000店舗はあったといわれている。

             噂だからはっきりとはいえないが 月の給料 200万から5百万

            ボーナス1000万といわれていた。


             この携帯電話の発見が この事件の鍵となっていった。


            桂三の上司だった人物が 出資法違反で 捕まった。 早速 その上司の知り合いと連絡をとり 刑務所からでてきたら 会って話を聞けるように 頼んだ。 その人は 了解してくれた。

             それから 1年半後 その人物と 話をする機会が 訪れた。


            場所は とある下町の居酒屋で話した。

            桂三は はじめワイズエージャンシーで 働いていた。桂三の勤務態度は真面目で 一生懸命仕事していた様子だった。それを認められたのか

            ある日 店を持たされるようになり桂三は 張り切っていたようだ。

            ところが ある日桂三は 仕事で失敗したみたいだった。 そしてヤキをいれられた。 桂三は それを 二回繰り返して どうやらせっぱ詰まった様子だったらしい。


             多分 失敗とは あの当時五菱会の闇金は マスコミをにぎわせていた。 五菱会事件が 発覚したのは 広島県の主婦に追い込みをかけた。  最初に五菱会系闇金を 告発したのは 広島県警だ。

            もしかしたら その広島の主婦を追い込んだのは 桂三の可能性がある。
            その理由は 広島県の主婦の書類が桂三のジャラルミンケースの中にはいっていた。 でもこれは あくまでも俺の予想である。

             桂三は 都庁の闇金対策本部に かなりの件数の苦情が入っていた。
            都庁だけでも 25件である。 都庁の職員の話では 警察の生活安全課には もっと言っているはず と 言われてしまった。


             その上司の話によれば 桂三は金を使いこんだ といっていた。

            でもそのあと こうも言われた。 大体店を任すと 大体の奴は 金を使い込むらしい。 絶対やる とまで言っていた。

             でも皆金を使い込みをするのに なぜ桂三だけ 処分されるのだろうか? という疑問も俺の中であった。

             俺の昔の知り合いで そっち関係の人がいて 疑問を投げかけてみた。

            そいつは こう言っていた

             。
            「 不思議だな… それくらいの金使いこんだからって 追い込むことは しないよ  ○○○万円だろ?  世間でいえば 大金だけど 金融からみたら はした金なんだよ しかも五菱会だろ

            それくらいの金だったら 働かして回収するよ そっちの方が 安全だからね

             使いこんだのではなく 回収できなかったんじゃねーか? それだったら話わかるんだよ…」

             この人物の親も 祖父もヤクザだった。 そいつ自身も しかしその人物が ヤクザにむいていなく大分前に足洗った人物でもある。


             俺の世界かけはられていた会話だったから 少し唖然とした。

             そのあと桂三は 上司達に これからどうするんだ? ときかれて
            桂三は 冗談まじりで 「 会長のボデイーガードでも やろうかな…」

            会長とは 梶山進の事である。梶山進とは 五菱会のナンバー2 トップは 高木 である。 この二人は 現在の闇金のシステムを作ったといわれている人物である。

             じゃ 付き人やれよ といわれ 店は つぶされ 梶山進の付き人になった。 


             それからその上司は 桂三に空手をやらせた。もちろん経費は 五菱会持ちである。 ちなみに 五菱会関係者は 格闘技を社員に強制的にやらせていた。

             とある道場に(10人位入会させた。 しかし こいつらは あまりにも態度がひどく 指導員達も 困りに困った。 この道場は 厳しい道場で有名である。  全員 組手で かなりやられた様子だった。

            もちろん桂三も

            ところが 3ヶ月すぎたあたり 桂三はにげだした。 会長の付き人を無理やり頼んでやらせたから 梶山にも面子がたたなかった。 一度みつけだしたが また桂三はまたにげだした。逃げた場所は タイだ。

             SIグループは 総力あげて桂三を探した。その時桂三は300万位もちにげしたそうだ。

             しかし ここから不思議な回答がきた。

            桂三の行き先は 桂三の部屋のごみ箱から チケットの領収書が すててあってそこからタイにいく日にちが 断定された。

             SIグループは 成田空港のロビーで 桂三をはりこんだ

            ロビーで桂三は捕えた。 しかし なぜか桂三をタイに見送った。

            しかも 30万餞別であげたらしい。



             このことも 僕の昔の友人に 疑問なげつけた。

            「 もしかしたら 金使い込んだの そいつらじゃないの? だってそうだろ そんなことしねーよ 普通  桂三に 罪かぶせたんじゃねーの?」


             そういえば メソット在住者に 桂三は こう言っていたらしい


            一度桂三は 逃げて イミグレーションを抜けて 五菱会連中に 電話した

            「 これって 俺の勝ちですよね…」

            「 わかった 俺達の 顔たててくれ チケット代はらうから もう一度もどってきて もう一度 話そう…」


            といわれ桂三は戻った。 しかし チケット代は もどってこなかったらしい。 多分最初に 逃げたときかもしれない


             段々夜明けのスキャットの歌詞の内容がどんどん理解していく

            この不思議な感覚  誰か俺を導いているのは 確かな感触だった

             俺は この話を聞いた時もう一度メソットに 行く事を決意した。

             そして本格的にタイに潜り込む為 ムエタイと非常にパイプが強いキックボクシングを始める事にした。

             この時年齢31歳後半  この歳では キックをやり始めるには遅すぎる年齢でもある。


            | tosiyosi | 夜明けのスキャット | 17:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
            夜明けのスキャット  28
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               空手の試合も終わりようやく桂三事件のこと追えるようになった。

              この年の桂三の供養には 俺の妹が代わりにいった。 妹と一緒に行ってくれたのはその当時タイで 出家していた日本人チンナワンソが 行ってくれた。

               チンナワンソとの出会いは 俺は二度目のメソット行った時知り合いになったボランテイアで 難民病院で医者をしていたFという人物に紹介された。  この人知り合いなんだけど面白いから この人が書いた本読んでみたら? といわれ読んでみた。

               読んでみて面白いな 会って見たいなと思い メールを送ったら早速返事が返ってきた。

               今度日本にいくからその時あいましょう!

              ということだった。

              このチンナワンソは ミャンマーのメチュラ(メッテイーラ)に日本語学校作ったりもしている。 そのメッテイーラの日本語学校建設には 人権派弁護士 遠藤誠氏 小川秀樹氏も 加わっている。

               小川秀樹は チンナワンソ比丘の 「タイでおもろい坊主になってもうた」 の本を出版する時深く関わった人物でもある。


                この辺りは 諸行無常に書いているので省きます。


              実際チンナワンソ比丘と大久保ではじめてあった。 やはりタイで弟を殺されたことを思って 俺の所にすぐに駆けつけてくれて この時は 本当に感動した記憶がある。

               このチンナワンソ比丘は 日本のキックボクサーに知り合いが多い。 ちなみに タイの寺でチンナワンソ比丘が使っていた冷蔵庫は 立嶋篤史氏からもらった物だそうだ。

              僕が通っているジムにも知っている人がいた。 ものすごい顔の広さ!とおもった。

              ただこのチンナワンソ敵も多い。 嫌いな人と好きな人がはっきり分かれている。多分関西人なゆえ(失礼) いわなくてもいいことずばずば言うからだろう。

              妹が一人でタイに行くのは 非常に心配だった。俺がチンナワンソに頼んで妹と一緒にメソット行ってもらって 供養もしてもらった。


               そしてこの時妹は 重大なものを持って返ってきた。

              なくしたはずの携帯電話が 見つかったのである。桂三が利用していたゲストハウスの責任者が あとから出てきた と妹にわたした。

              どんなに探しても見つからなかった物 がでてきた。

               このゲストハウスの主人は メソット警察と深く関わっている人物でもある。


              この携帯電話から 桂三が五菱会に関わっていたことが 判明したのはこの後のことだった。

               この携帯電話からすべてが分かっていった。 

              この時妹が ゲストハウスの責任者に言われた事がこうだった。「

              「 桂三殺したの誰なんだ? あいつら日本人じゃないのか? あいつら何者だ? 毎年ここにやってきては 毎日酒飲んで 女かったりして勝手に山(解放区)はいったりして! あいつら ヤクザか? 何者なんだ? 俺達の悪口ばっかりいってるそうじゃないか

              あと桂三と毎日喧嘩ばかりしていたそうじゃないか!」


               どうやらメソットにおいて 日本人の評判は最悪らしい。実際そうだろう。 あんな小さな町で 外国人が 何ヶ月もプラプラして酒ばっかり飲んでいたらあまりいい噂はないだろう。


               その原因をつくったのは とある人物が書いた本発端なのも確かである。 その人物は 元傭兵で 今流行りの 海外貧乏旅行を書いて出版した。それに影響をうけて メソットには 痛い日本人が集まりすぎた。


              しかし今はもういない。 理由は 桂三があの町で殺されたのが原因だ。

              あの町で日本人は好き勝手にやりすぎた。もしかしたら地元民をおこらして見せしめに日本人一人ころそうか? となったのかもしれない

              俺は 趣味で波乗りをしている。波乗りする時気をつけなければいけないのが 地元 (ローカル)との付き合いだ。

              この日本でもビジターとローカルの争いは絶えない。 日本でも 車をひっくり返されたり ナイフで刺されたり 東京ナンバーというだけで 殴られたりする事件は 絶えない


              ましてや メソットは タイでも問題地域である。1万円位払えば人殺しする奴は わんさといる。

               タイという国は 人口の比率を考えると 殺人件数は 世界でも上位に入る国でもある。

              桂三はもしかしたらメソットという町に殺されたのかもしれない。


              でも原因を作ったのは 間違いなく桂三だと思う。

              妹は 桂三が利用していたゲストハウスの主人に かなりきつく言われたらしく自分が怒られていると勘違いをして かなりへこんでいた。

               ゲストハウスの主人は 日本人の前でいうのは いやだったらしく別室につれてかれて色々言われたらしい。

               あんな日本人とは 付き合うなって タイ人に言われた… 別に人種差別するわけではないが タイ人に言われるとは よっぽどだと思う。

               妹はタイに来るとおこられてばかりだった。

              俺にも叱られ タイ人にもしかられ ちなみに 日本領事館の 邦人保護の人にもしかられていた。


               二度とタイにはいきたくないだろうな…


              この後 一緒にいた日本人の行動は 少し痛かった。 その後妹が宿泊していたホテルまで 押しかけて すごい勢いで妹に こう迫ってきたらしい

               今タイ人と何はなしていた!

              あまりにもすごい勢いだったらしく 通訳のタイ人も びびってしまった。  この後 色々観光する予定だったのだが すべてキャンセルしてバンコクに戻った。


               本当はこの時 俺も行くはずだったが 最後の試合が あったためそっちの方を重点にしてしまった。 今思えば俺が行けばよかった。

               その後妹は 怖がってメソットには 行こうとはしなくなった。

               
              日本人というのは 反省が大好きである。 いつも反省ばかりして謝ってばかりである。 そこに付け込んでか 日本人の悪い所を 本にいちちだして 皆の注目浴びたがる奴は後を絶たない。 外国勢は そういう日本人気質を見抜いてか 解決している問題にもかかわらずいちいち出してくる。

               一番笑ったのが とあるアメリカ人が 何かの記事で こういうこと言っていた。

              「 日本人は アイム ソーリー も言えないのか! 」

              アイム ソーリー ばっかりなんですが なにか? 


               


              メソットという町は ミャンマーとの国境沿いにある町である。 わかりきっている事だが ミャンマーは軍事国家である。 下手な事は絶対いえない場所である。   お互い監視しては何か問題ある行動する人物は 報告義務があるような感じは受ける。

               メソットは タイとミャンマーの諜報機関の人がたくさんいるらしく特にミャンマー人のスパイはたくさんいるらしい。 メソットの中心街に サイアムホテルという所がある。 そこは ミャンマー政府のスパイが泊まるところという噂は ガイドブックにも載っている位だ。 現在サイアムホテルはない。

               つぶれてしまった。

               聞いた話によれば 絵描きとか 街中の売り子さんは スパイだそうだ。

               とあるミャンマー人が メソットの街中で商売を始めた。 もちろん違法である。 しかし違法しなければいけない理由がある。

               家族を養わなければならないから

              街中で商売始めたら とある日本人が話しかけてきたらしい。

              最近メソットには よく日本人が来る。 その日本人は そのミャンマー人に こう問い詰めたらしい

              「 お前ミャンマーのスパイだろ! 」


              そのミャンマー人は わけがわからなかった… はじめは無視していたそうだが なぜか 毎日日本人がきて こう問い詰める

              「 お前 ミャンマーのスパイだろ」

              街中でいわれれば目立つのは 当たり前  回りにはじろじろ見られる。


               そのミャンマー人はとうとう その場所には いられなくなり その場を去った…


               そのミャンマー人はとうとう見かけなくなった。


              そのミャンマー人がスパイかどうかわからないが よそもんが言う事なのだろうか?

              その 日本人は 得意げに こういっていたらしい


                    一人スパイを追い出してやった!

                  こんな事繰り返していたら嫌われるの当たり前だ。




              | tosiyosi | 夜明けのスキャット | 21:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
              夜明けのスキャット 27
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                  結局メソットにきても何も解決できなかった。誰も知らない 関係ないそれの一点張り  とりあえず何かしなければいけないと思い色々悩んだ挙句 とりあえずいままでの桂三の行動を全部かいて桂三の行動した記録で もう一回検討しようと心みた。  

                 少しでもいいからこの事件進めようと思い 自分なりにこの事件を書き上げていった。

                 あと本格的に タイにもぐりこもう と決めた。 俺は ガキの時から空手をやっている。 この特技生かして何か出来ないかと色々悩んだ挙句 キックボクシングを始めることにした。 キックボクシングは ムエタイとのつながりが かなり強い 

                 ムエタイは タイ警察とのつながりもかなり強いときいた。おまけに上に上がれば タイの国王とも食事が出来る という話もきいた。


                 俺の昔の空手の先生が 好都合な事に キックボクシングのプロデユーサーしている。 俺の先輩の一人が バンダム級のチャンピオンにもなっていた。 でも この人達を頼るのはやめた。 頼ってしまったら
                甘えてしまうような気がして 自分でコネを作る事に決めた。


                 でもキックに移る前一つだけやり残したことがあった。 最後に一回だけ空手の試合に出る事に決めた。
                 

                  この辺は諸行無常で書いているので省きます。


                 盆 休みをすべて返上して桂三がタイに逃げるまでのすべての行動を書いていった。内容は 他人に読んでもらった所 読んでいるうちに怖くなってくる といわれた。 
                 
                 書いた書類を関係者すべてに送った。非難の嵐が殺到した。 

                 書いてある内容は 調べてきた事を忠実に書いただけ 俺から言わせれば非難の意味がわからなかった。 

                  事実迷惑かけた人もいるみたい。 この場を持ってお詫びします

                しかし悪い事ばかりではなかった。 メソットに関係しているあやしい日本人がほとんどいなくなった。


                 噂だから話半分で聞いてもらいたいが メソットから麻薬を日本に送っている奴らがいたらしい。

                 そいつらは今メソットからいなくなった。

                  俺がなぜこのような行動を起すのか。 理由は簡単だ。


                ただ第2の桂三を だすのを防ぐのは 遺族として当たり前の行動だと思っている。

                 俺が行動を起こす事によって 桂三を殺した奴らは下手な行動できないはずだ。 はっきり言って桂三を殺した奴らは捕まらないだろう


                しかし桂三を殺した奴ら追い込んだやつらの行動を制限する事は出来る。 あいつらから自由を奪うのが 俺の目的である。

                 実はこいつがからんでいるというのは大体わかっている。 もちろん日本人である。そいつは今俺から逃げ回っている

                行方もしらない。 でもそいつの写真を収めてある。一生かけてそいつをじっくり追い込むつもりだ。そいつからすべての自由をうばってやる

                 俺の日課は 桂三関係者をネットで常に検索をかけていた。

                 ある日


                 そんなことしている時ある新聞記事を発見した。 あまりにも偶然だった。 桂三の上司だった新堂誠氏が 仙台で出資法違反で捕まった。

                 あまり関係ないと思われるが タイの邦人保護担当者に その書類を送って半年位で捕まった。

                 タイ国家警察には日本の警視庁から何人か派遣されている。 邦人保護担当は 警視庁出身である。


                 即効桂三がいた道場責任者と連絡をとった。 ちなみにこの道場責任者とは 俺が最初に在籍していた道場の先輩だった。 俺がガキの頃この人に鍛えられていた。

                 あの当時のあの道場は 泣く子も黙るといわれていた場所。 実際稽古は かなり厳しかった。

                 あの当時在籍していた人物達は 今の空手界の重鎮にほとんどなっている。

                とりあえず新堂氏とかかわりが深い人物と会うこととなった。

                この人もかなり僕に協力してくれた。 後2年したらA氏が出所してくるから その時会わせてくれると約束してくれた。

                 関係ない話だが 五菱会関係者が暗躍していた時期こういう噂がながれてきた。

                 空手界の名前をかたり金を回収していた奴らが かなりいたらしい

                 そういう電話がかかってきたら 我々とは関係ない と 言うようにと通達されていた。


                 ちなみにこの団体が世界大会開いた時 資金を提供されたらしい。

                 ある政治家が 五菱会から政治資金を受け少しだけ話題に上った。

                この政治家は何回か試合会場にきて演説していたのを俺は覚えている。

                この政治家は 警察関係にはかなり強い政治家であることは事実でもある。


                 俺はこの事件追うためもう一つやり残したことがあった。 空手の試合だ。 正直いって俺はそんなに強くなかった。 2月にある選抜試合に出る事に決めた。 正直いって出るかどうか迷った。

                 なぜなら毎年選抜試合は 2月11日にある。 桂三の命日は2月21日 この日は メソットに行って桂三の供養しようと思っていた。

                 この当時本当に金がなくいつも 財布の中は 寂しかった。 財布に1万入ってるのは いつ? みたいな

                 とりあえずかっこだけでも 試合に出て適当に負けてさっさと 桂三事件を追うとおもっていた。

                 ところが試合に出てみたら4位に入ってしまった。 練習ほとんどしてないのに… 試合内容は 仲間から相当ブーイングが出た。

                だって色々桂三の事調べたり 色々な人物にあったり そんなこと繰り返していると 気が本当に滅入ってってきて 現実逃避するために 海ばっかりいって 波ばかりおいかけていた。 
                 
                この当時波には 本当に当たりまくりだった… いい波ばかり当てていた。 

                 なんと全日本ウエイト制にえらばれちゃった… まっ この時も軽く考えていた。 どうせ適当な所で負けるだろ  さっさと終わらせて事件を 追いましょ って思ってました。


                 ところが 組み合わせが 発表され 鼻血がでた。

                 一回戦 富山チャンプ そいつに勝ったら 前回の世界大会代表 ダルメン  そいつに勝ったとしても 正道会館 軽重量のチャンプ…

                 同じブロックには 正道会館二人 あとロシア人

                 はっきりいって潰しブロックだった。空手のトーナメントは 外人とか他流派が出場する場合優勝させないように 最初から強い奴を 当てさせておいてダメージ与えさせておいて上位入賞をさせないようにする。

                 このやり方で印象に残っているのが 第5回世界大会に出場したアンデイ フグだった。

                 この当時僕は 18歳 この試合の手伝いをしていた。

                アンデイの1回戦 2回戦の相手は 2メートル級の ロシア人 そして最後に戦ったのは まだ新人選手だったフランシスコ フィリョだった。

                 この試合は生で見ていたが あの試合は あの一本がなくても 判定でフィリョが勝ったと思う。 

                 あのアンデイが かなり押され気味だった。 なんつう化け物なんだと 思ってみてました。
                 
                 そしたら試合終了と 同時に 上段回し蹴りが炸裂した。

                フィリョは 雄たけびを上げていた。

                フィリョの師匠は アンデイのライバルだった アデミール ダ コスタ

                 この二人は 非常に仲が悪かった。


                 もし kー1に アデミールが 出ていたらすごい事になっていたと思う

                 でもkー1が始まっていた時 もう全盛期すぎていたと思うけど







                | tosiyosi | 夜明けのスキャット | 17:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
                 夜明けのスキャット  26
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                           どうか子供達にお伝えください。

                      本当の罪と罰は心と記憶の中に下される事を

                       東野圭吾  白夜行 より

                      この辺りからミクシーには 書いていなかったことを書く。

                     自分の記憶が確かならば 空手バカ一代の 初頭にこうい文面があった。

                       事実を事実のまま書くことは 小説よりもむずかしい

                              シェイクスピア


                   メソットに行くには行ったのだが何も解決の糸口にはならなかった。  正直こういう作業にはなれてはいない。

                   自分の力の限界というものにぶつかった。  どうすればいいのか? なにをすればいいのか?

                  自分の力の無さに情けなくなった。  色んな人は協力はしてくれた。 しかしタイと日本の法律の壁


                   この壁は 簡単に乗り越えることはできない。

                   日本には日本のルールがあり、 タイにはタイのルールがある。

                  それは絶対破ってはいけない。  桂三は簡単にそれを破ってしまった。 だから殺された。

                   俺に出来ることを考えた。

                   僕は 何もない。 それを武器にすることにした。  俺は学歴がない。 学歴が無いということは

                  世間では 何もできないという常識。  しかし子供の時から職人の世界で生きてきた。

                       職人の世界の格言でこういう言葉がある。

                   金のある奴は金をだせ 知恵のある奴は知恵をだせ  力がある奴 力だせ  声がある奴は声をだせ   何も無い奴は 汗をだせ  汗もだせなかったら 死んでしまえ!


                   俺が出来ること汗をかくことだけである。  これしかない


                   バンコクに飛行機で帰っていった。 正直なにも出来なかった自分がなさけなかった。  出来ると思っていたことがまったく出来なかった。


                   バンコクで 知り合いが待っていてくれた。  パッポン通りの 日本人向けの料理屋で落ち合った。

                  日本に帰る前一度食事でもしよう ということになった。


                    その場所に メソットで知り合ったボランテイアの医者と 某大手新聞社の記者もいた。

                  俺に気をつかってつれてきてくれたのだろう。 メールアドレスも交換してもしかしたら力になってくれるかも という期待もあった。

                   バンコク在住の知り合いに 言われた。

                  「 いままであったことを 記録に残したほうがいい。 そうすることによって今まで分からなかったことが理解できるはず」


                    今の俺には言われた事をやってみるしかない。  日本に帰ってからいつか誰かに送る為の報告書を作成した。 書くのに半年以上かかった。  


                   そうするうちに日本に帰る時間となった。  所が 当時サーズが流行っていて 帰りの飛行機がキャンセルとなり もう一日バンコクに残る事になった。 帰りの飛行機は メソットで知り合った医者と同じだった。


                   俺はタイに8回行ったがそのうちの三回は 帰りの飛行機が飛ばなかった…


                  その記念する第一回目である。  あの時使ったエアー会社は ビーマンバングラデッシュである。

                   この会社チケット安くていいのだが 使い勝手は非常に悪い。 二度と使わないとおもった。


                  ホテルは 用意してくれた。 そのホテルでその医者と同じ部屋にしてもらった。


                   その部屋で メソット警察からもらった桂三の遺体の写真をみせた。

                  その医者が言うには このやり方で自殺できるのか? という疑問だった。

                   気の枝に紐を結び座ったまま自殺する事は やろうとおもえば出来るのだが 人間の生存本能で
                  よほど意思が強くないと出来ないやり方だそうだ。

                  帰りの飛行機で珍事件がおこった。

                   日本に行こうとしたカップルが 搭乗拒否された。 女性は 日本人  男性はイスラエル人 所持金が 二千バーツしかなかった為

                   外国籍の人が 日本行く場合 10万以上の所持金がないと駄目だそうだ。

                   確かに所持金 2千バーツでは 日本に何しに行くか大体予想はつく。

                  彼女が 日本人だった為簡単にいけるのではないか? と考えたのか

                  国境はそんなに甘くは無いのですよ


                   そのカップルは 回りの人達に泣きついていた。

                  「 お願いです お金貸してください。 日本に帰ったら帰します… 見せ金が必要なんです…」

                   俺は条件つきで貸してしまった。  両替の費用負担してくれたら貸してもいいといってしまった。

                  700ドル貸した。 一緒にいた医者はあきれていた…  なんで貸すの? という顔していた。


                   でもその医者は 俺にこう言ってくれた。

                  「 もし向こう金返してくれなくれなくても 半分俺が持ってあげる」


                   この時この人は 一生付き合いができるかも とおもった。

                   こう見えても俺は そう簡単には人は信じない。  俺は人と付き合う時 色々試す。

                   本当にこいつは信用できるのか?   俺は人を判断する時 相手に少しだけ利益を与える。

                   そのあとどういう行動するか観察する。  大体一万くらいわたせばその後のその人の行動みれば大体分かる。


                   ちなみに このカップルは成田着いた瞬間金だけわたして ありがとうの一言も無かった。

                   イスラエル人は 俺に非常に感謝して 何度も俺に挨拶していたが 日本人女性のほうは そっぽ向いたまま 成田着いた瞬間 他人の振りをしていた。


                   俺の勝手な予想ではあるが 東京着いた瞬間あの二人は別れただろう。 あの女性は 利用されただけだと思う。


                   でもこの医者だけは 絶対信用できると確信した。 二千円くらいの出費ではあるが この医者の人間性は確かめることはできた。   

                   今思えば俺は結構知らない間に危ない橋は何度も渡った。  15歳から東京に出てくれば何度もだまされることはあった。  十代のころは 何度もだまされた。


                   あの時の経験が 俺には役に立っていたのだろう。  

                   桂三は この部分が足りなかったのだろう。  だから利用され最後は殺された。


                  桂三は 俺の真似ばかりしていた。 でも俺のやり方は 他の人がやったら間違いなく危険な目にあう。

                   だからこれ読んでいる人にいいたい。

                   俺の真似は絶対しないように。 まちがい無く危険な目にあいます。



                   これを読んでいる人は タイのメソットという町はぴんとこないだろう。


                  俺が知っているメソットについて知っている事を書きます。


                   
                   メソットは、ミャンマーとの国境を接するタイ北西部の町として、カレン民族の問題、国境貿易・密輸の問題、ミャンマー人就労問題、モエィ川をはさんでの

                  タイ・ミャンマーの領土紛争、タイ・ミャンマー2カ国地域総合開発など地域圏として多くのテーマを抱えた町である。


                   今までの僕の日記を読んでいる方はメソットは非常に貧しい町と言うイメージだと思いますが 実際は違います。

                   メソットに行ってみるとわかると思いますが かなりの高級車の数が見受けられます。

                   タイの国では日本車には100%の関税がかけられます。ということは 100万円の日本車をタイで購入すると 100万円の税金納めなければいけません。


                   ちなみは 欧州車は 200パーセントかかる。 


                   ということはタイでは日本車は高級車ということになります

                   



                  メソットにいくとかなりの数の日本車しかも新車が見受けられます。 最近のタイでは日本のピックアップトラックが流行っており 特にいすゞ 三菱が流行っているみたいです。

                   わかりやすく言えば小さい町に BM ベンツがたくさん走っていると思ってもらえばいいかな

                   知り合いの話によればかなりの数の豪邸がたっているそうです。知り合いもびっくりしていました。

                   メソットは アジアンハイウエイの通り道です。 ベトナムからインドまで 大きな道路をつくっておりますが 現在メソットで工事は止まっています。

                   ミャンマー側で道路の建設が止まっております。 理由は資金不足です。 タイ政府は資金を出すとミャンマー政府に打診しているようですがミャンマー政府は断っているそうです。

                   将来メソットとミャワデイの土地が上がるのを見込んで華僑が土地を買いあさっているみたいです。

                   その話にプラスしてメソットは 宝石と麻薬 そしてその他もろもろの貿易が盛んな土地でもあります。

                   メソットで雇われている人のほとんどは ミャンマー人 カレン人たちです。 彼らの一日の賃金は 約50バーツ(日本円で150円位)です。  一月の給料は 大体二千バーツ(約六千円)


                   それにつられてタイ人の給料も安いそうだ。

                  金持ちはどんどん金持ちになり 貧乏人はどんどん貧乏になっていく仕組みである。

                   

                   タイとミャンマーの国境沿いは50年位紛争がつづいています。 この紛争の目的は貿易の主導権争いといわれています。  これがカレン民族解放運動

                  実際ミャンマーは 宝石の宝庫で ルビー サフアイア ヒスイ などがたくさん取れます。 もう一つレアメタルが採石されます。 このレアメタルは非常に貴重で コンピューター作る時に使われるそうです。

                   メソットでは宝石がかなり安く手に入れることが出来ます。

                  しかし僕は宝石を見る目が無いのでいつも見るだけにしておきます。

                   この付近の紛争には 色々な国も絡んでくるそうです。もちろん日本も絡んでいます。

                  この辺りのボランテイア活動は 表向きは カレン民族にたいしてのボランテイアですが 貿易の主導権争いとも言われたます。


                   この問題を詳しく書いている日本人がいました。 西山たかすみと言う人が 書いています。
                  「 カレン民族解放軍の中で」 と言う本を出しています。

                  この本は現在入手困難な本です。 この本の中には日本人が貿易の主導権に関わっていることを名指しで書いており 関係者にとってかなり迷惑な本じゃないかな?

                   この西山と言う人は カレン民族解放運動に関わっていてマラリアでなくなりました。 インターネットの情報ですが 彼が亡くなった時 彼の書いた原稿がすべて紛失した という事がどこかでかいていたのを僕は見かけたことがあります。

                   
                   この本に写っている写真はどれも貴重な物ばかりで 欧州の旅行者の間では絶賛されていたそうです。

                   一箇所あるところは知っていますが 盗まなければいけないのでやめました
                   

                  今ミャンマーが荒れている。1988年のようになるのだろうか  毎年メソットに言っている。メソットに行って非常に気になる事があった。   ちょうどタクシン政権が 追い出された後でもある。

                   やたら職務質問受けているミャンマー人がいつもに比べて多かった。中には チャリンコで カーチェイス?みたいな事やっているのを何度も見かけた。 麻薬検問でバスから降ろされる人がいつもに比べて多かった。

                   2年位前から次のアメリカの標的は ミャンマーという噂が絶えなかった。 首都も移転していた。

                   2008の4月頃気になる新聞記事があった。 レアメタルが異常に値上がりした。

                   レアメタルは パソコンとか携帯電話に使う非常に希少で高い物である。

                   レアメタルが取れる場所は 北朝鮮 ミャンマー あとロシア

                   おまけに アジアンハイウエイの建設が現在ミャンマーで止まっている。このアジアンハイウエイが出来ると インドからベトナムまで 道一本でいけるようになる。

                   でもこの道路が出来ると カレン民族とインド側のアラハン族が つながってしまう。  この二つの民族がつながってしまえば 今ミャンマーを仕切っているビルマ族の存在が怪しくなってしまう。

                      だから作らないのでは? と俺は思っている。


                   ミャンマーは特殊な国でもある。 あの狭い国土で115の民族がいる。簡単に言えばあの狭い国土の中に115の国が存在する。今仕切っているのがビルマ族

                   あの国を民主化したら間違いなく民族紛争が勃発する。

                    北朝鮮より問題の根は深いのだ。 こっちは首相さえいなくなればかわるだろう。

                    ミャンマーはそうもいかない

                  軍事政権でまとまっていたような物だ。しかし今の軍事政権は、ひどいのも確かだ。

                  民族紛争が勃発したら何処の国が押さえに行くのだろう

                  イギリスか? 中国? アメリカ?  日本はどうする?

                   この道が出来上がれば東南アジアは変わるだろう。  この道路を作ればうまくいけばノーベル平和賞  悪いほうにいけば 民族紛争の勃発 この紛争が起れば そう簡単には収まらないだろう。


                             どちらに転ぶかは神のみぞ知る


                   話は変わるが今スリランカが 非常事態でもある。 この裏には とある某大国が関わっているという噂。

                   スリランカに 軍事基地ができると ほぼ世界は制圧した状態になる。  その後ミャンマーを制圧するという噂。

                   その段取りはなんとなくしているような気がする。  


                   この話はくだらないので どうでも言いと思う人は 無視してください。

                     人を殺すという感情について  最近新聞では 意味不明な殺人事件が起っている。

                  メソットではない。 ミャンマーでもない。 日本である。


                       この意見は 法を扱っている人達に読んでもらいたい


                        とある地方都市での居酒屋での会話

                         その人は、元傭兵

                         僕は以前から気になる質問を彼にぶつけてみた。

                      「人を 殺すってどんな気持ちですか? 俺経験ないんで…」


                  「 うーん はっきり言ってなんとも思いません。バンって銃を撃ったら相手が倒れてそのままって感じですね

                   よくニュースとかで人殺して捕まって 反省してますって
                  言ってるじゃないですか

                     あんなの嘘ですよ。 あれは 自分の刑を軽くする為反省している振りしているだけです。 だってあんまり実感ないんですよ

                   あれっ 死んでる それだけですよ」

                  最近やたら新聞で目にするのは 自分勝手な殺人が多い。


                  死刑否定するのもいいけれど 殺された身内の気持ち考えたことあるのかな そういう人達

                  身内が死ぬと必ずやる事は 死体の確認です。一番最初に見る人は 親や兄弟だ。

                  遺体の確認した事ありますか? 交通事故とか病気だったら少しは納得できると思うけど もし殺された遺体と対面する身内おの気持ちわかるかな?

                   俺の場合 悲しい気持ちがなかった。 桂三の遺体見たとき

                      ゾッとした。思わず出た言葉

                      「 ギャー!」 本当に恐ろしかった。
                  | tosiyosi | 夜明けのスキャット | 21:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
                  夜明けのスキャット  25
                  0
                      もう一つ行きたい場所があった。 シンシアクリニック
                    ここは 難民の為の病院である。

                     桂三が亡くなった時の所持金 370バーツ(大使館の人が所持金を確かめた時は 870バーツあった) と日本円3万円と桂三が持ってきた衣類すべてを難民キャンプに寄付した。

                     500バーツ誰か(多分警察 それしか考えようがない)に盗られました。  

                    (桂三の持ち物はメソット警察しか管理してませんでした。別に500バーツ位いいのですが 警察がそんなことやっちゃいけないでしょ。しかも遺品)



                       どんな所かこの目で見たかった。

                    受付のオーストラリア人の女性に 寄付したいんだけど…  といいたいが 俺の英語の発音が悪かったらしくなかなか通じなかった… 何度も ドネーション ドネーション  ドネーション…

                    といっても 向こうは ? って顔していて かなり僕は 馬鹿っぽく見えた。

                     意味もなく恥ずかしくなってきた。  

                     M氏に助け舟だしてもらおうと思って何度目線を送っているが なぜか 黙ってる。 無視ですか…

                     少しは助けろよ!  と本気で思った。

                    やっと通じたらしく「 OH ドネイション! 」

                    向こうは喜んでいた。 俺も何で通じたのかぜんぜん理解できませんでした…



                     俺は何処の国いってもそうだがなぜか 皆にこういわれる

                    「 DO IT your self ! ]     俺 観光客なんですが…



                    オーストラリア人の女性に 病院の中を色々案内してもらった。

                     まだ若い女性だった。 年齢は 25歳位

                     ほとんどは マラリア 地雷の被害者であった。

                    点滴受けているか 松葉杖ついているかどちらかである・

                    東南アジアの深刻な問題の一つとして地雷が掲げられている。

                    地雷の目的は 命を奪う為のものではなく 負傷者を出す為の爆弾である。 ものすごく太刀の悪い物である。

                    しかも作るのは ものすごく簡単 仕組みを知っていれば小学生でも作る事が出来る。一個作るのに大体300円位らしい。

                      一つ除去するのに 約9000円位かかるといわれている


                      悪い言い方すれば 300円の地雷を一つ埋めると 9千円の仕事が一つ増える。

                    国境沿いには ものすごい数の地雷が埋められていて毎月必ず犠牲者はでているようだ。

                     
                      地雷の問題は深刻だ。  この問題は非常にむずかしい。

                    以前日記で 地雷は絶対よくない! やめるべきだ。 と書いたことがある。

                     その事をカレン関係者に指摘された。


                    「 地雷がよくない事なんて わかりきっていることです。 でもね 地雷を削除してしまうと一気にミャンマー政府は せめてきちゃいます。 いままで カレン民族がどれだけ殺されてきたかわかりますか?  何一つニュースにもなっていないんですよ


                     カレンは 殺されろ とでも あなたは言っているのですか?」


                     僕は何一つ言い返せなかった。 どうやったらこの問題は解決できるのだろうか?


                     削除したらまた埋められる。 地雷というのは 非常に厄介な物である。

                    命を奪うような仕掛けではない。 手足がなくなるくらいの爆薬を使っている。

                     一人負傷者がでるとそれを世話する人が出てくる。 地雷一つで二人以上世話する人が必要だ。

                     それが目的なのだ。
                     
                     一度メラマーキャンプで地雷の被害者を見てきたが とてもじゃないけど直視はできない。

                     顔には爆風の跡があり 目もみえなければ 手足もない。

                    なんとかしてあげたいと思うのだが 俺一人では絶対無理な問題でもある。





                    シンシアクリニックでボランテイアで働いている人のほとんどは オーストラリアから来ているようだ。 日本人も少ないが何人かはいた。

                     たまに カレン人とオーストラリア人のカップルが出来るらしく 結婚式に参加するオージーの親は ものすごくビックリするらしい。  どうやら直前まで親には言ってないようだ。

                     余談だが カレン人と結婚するオージーの女性はなぜかきれいな人が多いって いってたな…

                     カレン人は外国人と結婚するだけで 玉の輿だからね
                     

                    メソットで知り合うファラン(白人)に

                     何の目的で メソットに来たの? と聞くと大体

                    マラリアの研究とか ボランテイアとか宝石の買い付けとか答えるけど 日本人の場合は 大体 高部正樹の影響か よくわからん奴が多いのが現実です

                    俺の場合 理由を述べると 皆

                    「 オー…」 と答える…

                    地雷の犠牲者の手術で かなりの量の輸血が必要らしくこの時献血もしてきた。 財布にあるバーツ全部喜捨してきた。

                    この後とある人物にあう。  その人の名前は 中野弥一郎さん

                    メソットには 二人のインパール作戦の生き残りが住んでいる。 この人物にあってインパールについて色々聞こうと思ったが 本人の前に立ったら 一言もその事について聞けなかった。

                     中野さんはなぜか遠くを見つめるような不思議な目線をする人だ。

                     インパール作戦は 第二次世界大戦で 史上最悪な作戦といわれていて  3分の2は亡くなった。

                    亡くなった原因はほとんど餓死である。 旧日本軍が通った跡は 白骨街道とよばれた。

                    間違いな中野さんは 地獄を見てきた人である。  


                    15年位 前まで日本人という事を隠して生きてきたらしい。  話すこしだけ聞いたのだが すこしづつえぐい話はしてくれた。

                     「昔は この辺りレイプが多くてね…」 こんな話ばかりである。

                    この人に世話になった日本人はかなり多いはずである。

                     去年中野さんが亡くなった。 僕の友人が香典をあげにいったそうだ。

                    奥さんが対応してくれて 奥さんは非常に落ち込んでいたそうだ。

                    「 50年も一緒にいたのよ…」

                     中野さんの奥さんの若い頃の写真は 非常に綺麗である。 女優のような人だった。

                    中野さんのインタビューの映画がある。 興味ある人は見てください。

                      花 と兵隊 
                    http://www.hanatoheitai.jp/

                    よく俺は じいちゃんとかばあちゃんに戦争の事聞こうとして色々聞いたけど 一言もしゃべってくれなかった。

                    この人は特に しゃべりたくないだろう

                    我々の祖父祖母の世代は 未来の子供達のため 命をかけてくれたが まったくといっていいほど評価されていない。


                    よく東南アジアに行くと 戦争論吹きかけてくるアホがいる。

                    そういう奴らに 何言っても 日本が悪い 日本が悪い  日本が悪い 謝れ! 金をだせ!

                     金を出せは 余計だが 心の叫びだろう…

                    それしか言わない。

                     でも俺は 一言いいたい

                    第二次世界大戦の後 どれだけ日本は世界中の奴ら救ってきたのだろう

                    どれだけ我々の税金が 世界中の困った人達を救ってきたのだろう

                     この人物もかなりの数の東南アジア人を助けてきたはずである。

                     その辺の評価はまったくされてはいない。


                    桂三が発見された場所を もう一度再確認しに行った。 場所はメソット郊外 メーサリアンに行く途中の道

                     俺が桂三は絶対自殺ではない 

                    と思われる証拠が幾つもある

                    もし桂三が自殺するなら絶対違う方法を選ぶと思う。  

                     


                     理由は 俺達がまだ幼かった俺達の友達の兄さんが自殺した。

                    この事件で僕が卒業した学校は バズ教育を取り入れることとなる。

                      バズ教育とは机を皆であわせて話し合うこと 

                     この教育のお陰で 何年かは僕が卒業した学校は大分落ちつく。

                    僕が卒業した中学校は 昔からあまり評判がよろしくない学校だった。

                    おかげさまで先輩達が怖い人ばっかりだったので他の中学からはなにもされることはなかった。

                    基本僕はそういうことには まったく無縁だったので関係ない話です。

                      この人が自殺してから10年位は 大分おとなしくなった。

                     聞くところによればまた荒れだしているそうだが…

                     この自殺した人が出た年は 校内暴力全盛期でもあった。

                    その時の第1発見者が 桂三達だった。自殺の原因は いじめによる自殺だった。それに自殺するなら別の方法を選ぶはず

                     
                     その後も桂三はその事をあまり語らなかった。 というか発見した子供達はいまだにその事か語りたがらない。

                     ある意味トラウマになっていたはず

                    もう一つの理由で 桂三は 暗闇を怖がっていた。 何度もそういうのを俺は見ている。

                    桂三が発見された場所は 刺がある木がたくさん生えている。

                    俺も少しだけ通っただけで 足は傷だらけになった。 しかも桂三は 半ズボン にビーチサンダル しかし足には傷一つなかった。  この辺は以前日記にも書いた。


                     大使館の説明によれば 道路脇から 入っていって川の中にみずから入り 小さい木にズボン紐を木くくりつけ  自分の首に巻きつけすわりながら 息絶えた。


                     死亡推定時刻 夜の9時 あの辺り電気一つないところである。

                     あの(暗闇の中どうやって首に紐くくりつけたのだろう

                    この質問大使館の人にぶつけても あれは 自殺です。 ときっぱり 言い切った。

                         しかもかた結びである。

                     桂三は鳶職もやっていた。 もっと合理的な縛り方はいくらでも桂三は知っている。

                     実際もう一度現場検証をしてみた。 その場所は工場の畑がある場所だ。 そっちから回れば傷一つつかずその小川に行けることに気がついた。

                     大使館に人にその事指摘しても 

                      「あそこは人の土地だから勝手にはいれない。」 

                      とわけのわからない回答が帰ってきた

                     自殺する人が 近所の人の目をきにするのだろうか?  外務省に勤務する方がこんなに頭が悪いとは 思わなかった。 思わず

                    「 馬鹿じゃねーの?」 といってしまった。

                     そこの土地には カレン人が住み着いている。カレン人など少し脅せば 黙るはずだ。

                     あまりニュースには のらないがくだらない理由で カレン人 ミャンマー人は あの町で簡単に殺される。殺されたとしてもニュースなんて載らない。

                     実際何度かそういうニュースは 聞いている。 俺達日本人では 考えられないくらいカレン人は 簡単に殺される。


                     こんな出来事があった。 そこにカレン人が住み着いていたので 少しだけ日本語が出来るカレン人がついてきてくれた。 その当時の事いろいろ聞いていたら ついて来てくれた人にこういわれた

                         「吉田君これ以上彼ら何もに聞かないでくれ お願いだ
                     
                        彼らこれ以上余計な事しゃべったら殺されちゃうんだ 」


                        俺は何も言えなくなった…

                     実際こういう事件が起った。 一人のカレン人女性が ミャンマー人にレイプされ殺された。

                    そのあと残酷な事に その女性は 首を切られ 胴体と切り離され放置された。

                     これは何年かまえメソットに着いたときニュースで見た。

                     一応ボカシは入っていたのだが 首が切られた様子は分かる映像だった。

                     非常に気持ち悪い映像だった。





                    | tosiyosi | 夜明けのスキャット | 21:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
                    夜明けのスキャット 24
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                        昨日新宿フェイスで 同じ歳 同じ誕生日の友人破天荒なキックボクサー庵谷鷹志試合見てきました。

                      仕事の都合で試合に間に合いませんでしたが Koで勝ちました。 よかったですね!

                       この歳でリングに上がるということはよほど好きじゃないと無理です。

                      今後彼は 指導に回るそうです。 彼なら素敵なキックボクサー育てる事でしょう。

                       リングに上がる人は絶対強くなければいけません。 強いプラスアルファがないと プロのリングで生き残ることはむりのような印象うけます。

                        その点彼なら絶対大丈夫です。  素敵なキックボクサー育ててくださいね! 楽しみしてます。

                      ちなみに同じ日後楽園で 総合の元同門の試合の試合があった。 決勝で判定で負けたそうだ。

                      残念…


                      フェイスの方が 大事だったのでいけませんでした…  申し訳ない


                      では続き!


                       二度目のメソットの目的は、ある方からの情報を確認する為にきた。

                       とある情報とは、最初桂三の遺体が発見された時は、殺人事件でメソット警察は、捜査していた。

                       しかしその日の午後からいきなり自殺に切り替わった。 という情報。もう一つ  桂三が亡くなる前日桂三は 病院に行っていたと以前の日記に書いた。 領事館の話によると風邪薬と胃薬を処方した。と僕は報告をうけた。

                       しかし桂三は、病院に行った時ひどく興奮状態だった様子。

                      おまけに桂三は タイの病院にいって薬を処方してもらうほど語学力はない。  間違いなく誰かに付き添われて病院に行った と思われる。

                       その時処方された薬は 精神安定剤という情報をある方からもらった。それを、確認する為メソットにきた。

                      はじめメソット警察に向かい桂三担当の警察官を呼んでもらった。 しかし桂三担当の警察官は すでに地方に転勤になっていた。 その警察官は、メソット警察に来てまだ間もなかったようす。 しかしもうその警察官はいなかった。 しょうがないから他の警察官を呼んで話を聞こうとしたが 一言こういわれた。

                      「 あの事件は もう終わったんだ! さっさと帰ってくれ!」

                      俺は 何言ってるんだ? あの時お前ら再捜査するっていってたじゃねーか!

                       何言っても埒が明かなかった。しょうがないから 桂三が病院行った時何の薬処方したのか その書類見せてくれるように
                      病院側に交渉してくれ と頼んだら一言!

                      「 勝手にいけばいいじゃねーか!」

                      俺はその時殺意という物を初めてかんじた。 

                      俺も軽くかんがえていた。 遺族がいけば簡単に話しが済むとばかり思っていた。しかしそんなことは関係無い様子。

                       まともな通訳も頼んでいなかったから話はこじれるばかり。

                       M氏に付き合ってもらってパオー病院に二人で向かった。
                      処方箋位簡単に見せてもらえるかとおもっていたら、 ものすごい勢いで断られた…

                       その断り具合は なぜか俺には 頼むから聞かないでくれ…

                      お願いします。 そのような印象を受けた。

                      まともな通訳が必要かな と思いM氏に相談すると今とある有名カレン民族を追っているカメラマンが サイアムホテルにいるらしいから たのんでみたら? と言って来た。

                      M氏はメソットに15年位すんでいるがタイ語はほとんど話せない。 話せないというより覚える気が無い。 

                       タイ語は、非常に難しい。英語のほうがはるかに簡単だ。
                      何が難しいといえば発音がむずかしい。

                       しかしなれてくると少しずつであるが 聞き取れてくる。

                      15年もいればタイ語は絶対理解できると思う。多分彼はタイ語はわからない不利をしているだけかもしれない。

                       メソットという町は 非常に特殊な町である。 となりには世界最貧国の軍事国家ミャンマーがある。

                       我々日本人には。理解できないかもしれないがメソットには数多くの国の諜報員がたくさんいるらしい。
                       下手な事は絶対いえない町でもある。  ちなみにサイアムホテルはミャンマー政府の諜報員が泊まる場所で有名だ。 現在このホテルはない。


                          タイ人にカレンと言っても通じない。 本当の発音は

                                 「 カリィヤン」 である。



                       もう一つのメソットに来た目的は 桂三の遺骨をメソットの川に流してやろうとおもった。 桂三はなんだかんだ言ってもメソットに目的があってやってきたのだろう。

                       こんな事で殺されてはさぞかし無念だと思い タイで遣り残した事あるんだろう。 桂三の魂少しだけメソットに残してやろう と決めていた。

                       そのことM氏に相談すると
                      「 いい場所があるよ 慰霊碑の側に川が流れている。 そこがいい。  日本人の慰霊碑がね ワンカーにあるのよ

                       そのワンカーにカレン軍の本拠地があったんだけどね  ビルマ軍に壊されてしまった… 」

                      その場所の名前は ワンカー マナプローと呼ばれる場所  カレン語で コウムラという。

                      カレン軍の本拠地があった場所 一人の日本人がなくなっている。その日本人は青森県出身 僕も東北出身者であってなんとなく親近感がこの男には持てる。

                      この慰霊碑はメソット郊外にあり徒歩ではとてもじゃないけどいけない。 途中麻薬検問もあり外国人だけではいけない。地元の人の案内か 慰霊碑関係者じゃないといけない場所だ。

                       この慰霊碑はマスコミにもなんどか登場した。
                      登場するたび賛否両論が巻き起こり 日記とか雑誌にこの慰霊碑を載せると必ずもめるという慰霊碑でもある。

                      僕もこの慰霊碑の写真を日記に載せた時も少しだけもめた。


                       この時の僕は慰霊碑の存在が あるとは思っても見なかった。 いきなり慰霊碑を見せ付けられてしまった。

                       A氏に連れられてこの慰霊碑を見たとき とてつもなく胸を締め付けられた。

                       このタイとビルマの国境沿いのこのへんぴなこの場所になぜ日本人の慰霊碑があるのだろう

                       この慰霊碑に書かれている3人の人物は 何のためにこの場所で死ななければならなかったのだろう

                       生まれ故郷でしにたくなかったのか

                       さぞかし怖かっただろう 苦しかっただろう 愛している人物に別れの挨拶はできたのだろうか

                       色んな言葉が頭の中をよぎっていった

                       予備知識もなくあの慰霊碑を見せ付けられたこの俺は 言葉も何も出なかった。

                       慰霊碑の側を流れるモエイ川に桂三の遺骨を流しながら 俺は人知れず涙を流した。

                       桂三 今井氏 岩井氏 西川氏この4人は 息を引き取る瞬間どんなことをかんがえていたのだろう。

                       この夜僕はベットの中で 一人泣いていた


                      M氏は 俺にこういった。

                      「 この石碑の管理人は俺なんだよ… この話落ちついたらこの石碑に桂三君の名前きざむようにたのんでみるよ…」


                       この話は一向に落ちつく気配はない。

                       下手にタイ語を覚えると面倒な事がたくさんあるのだろう。

                      俺は途方にくれた。何をどうやったらいいのだろう?

                      俺にはあまりにも荷が重過ぎる事件である。俺は単なる空手好きの鳶職なのだ。

                       最近偶然にも 3年前から探していた本 著者 西山たかすみ氏の「 カレン民族解放軍の中で」 を手にいれた。

                       いくら探しても見つからなかった本だった。 噂で聞いた話だが この本世の中に出回ってほしくない人達がいるようだ。

                       確かに 本を読んでみたが 名指しでカレン関係者の名前が一杯出ていた。 

                      右翼関係の名前がでていた。 この本は現在市場にはでまわっていない。

                       唯一ヤフーオークションで てにはいることは出来る


                      カレン民族紛争で 亡くなった人が3人いる。 西山氏はその中の一人だ。 彼はマラリアが原因で亡くなった。  西山たかすみ  本名 西川たかゆき

                       1990年初頭 ミャンマー政府とカレン民族の戦闘が激化した時期がある。 メソットには大量のミャンマー側の難民が押し寄せた。

                       彼は病院には行きたがらなかったらしい。 回りの人間に さっさと病院に行け といわれても彼は行かなかった。

                       しょっちゅう倒れていたりして回りの人間を心配させた。

                      病院いったとしても 点滴を打つ時普通なら二時間かけてゆっくり点滴打つのだが わざと 点滴調整して1時間で打ってみたり あまり身体のことは気にかけていなかった。

                        カレン民族紛争でもう一人マラリアで亡くなった人がいる。 彼とは非常に仲がよかったらしく彼のことが 忘れられず マラリアに感染しているのにも関わらず
                      病院に行くのを拒んだ。


                       実は拒んだ理由にもう一つの噂があった。  じつはエイズだったのでは?という噂がある。

                       タイという国はマラリア治療の先進国でもある。  あの辺りでマラリアに死ぬということはほとんどないそうだ。

                      いろんな噂を聞いたのだが 噂だとそうだという。

                       西川は 日本の芸能界とも精通していた。 KNUとミャンマー政府が衝突激化したとき テレビ局の取材は彼がうけていた。 彼が亡くなったあと 高部正樹が取材をうける。

                       西川は あの当時テレビ局に勤めている人とつきあっていたそうだ。

                      そのコネで    KNUの情報はかれから 日本のテレビ局にいっていた。

                      そのつながりで メソットにあった日本人向けのゲストハウスの女主人は タイに来た芸能人の通訳をやった。 日本では有名な芸能人ばかりの通訳をしていた。

                       津波の被害があったとき彼女も通訳をやったときいた。

                        現在日本人と結婚して日本に住んでいる。 彼女は タイ人といっているそうだが本当はカレン人だそうだ。


                       彼らは 自ら義勇兵と名乗っていた。 なんら傭兵と呼ばれる人達と変わらないのだが 一つだけ違う所がある。

                       傭兵は 職業軍人と呼ばれる人達だ。 義勇兵は 一切金銭を受け取らず 弱い立場にいる人を助ける為 銃を持った人達らしい。 


                       西川は金銭はまったくうけとっていなかったそうだ。

                       メソット郊外に ワンカーと呼ばれる場所がある。 そこはマナプローと呼ばれるカレン軍の本拠地があった場所だ。  カレン語でコウムラという。

                       1995年ミャンマー軍の攻撃によりマナプローを明け渡さなければいけなくなった。 ここは 難攻不落の基地とよばれていた。 しかし 難攻不落の基地もミャンマー軍の手によって取り壊された。


                       この時亡くなったのが 今井氏である。 彼は元習志野空挺部隊 自衛隊のエキスパートでもある。

                       彼の最後はすざましかったようだ。 後頭部が吹っ飛んでいたそうだ。 上半身と下半身が引きちげれそうになっていたそうだ。

                       彼に助けられたカレン人は たくさんいるろうだ。  彼は パスポートも捨て 日本人というのみすてカレン人になって 紛争に参加した。  カレン語にも精通していて 日本人とカレン人の通訳もやっていた。

                       メソット在住の日本人とは非常に仲がよく 彼の家によくとまりにきていたそうだ。

                      面倒はよくみていたそうだ。

                       彼にいわせれば 他の二人は 日本からスーパーファミコンをもちだしてそればっかりしていたそうだ。 べつにこの辺自由だとおもいますがね…


                      今井氏の遺体は ミャンマー側に埋められた。 遺族は 納得するはずもない。  その遺体をほりだしてもってきたそうだ。 そのときM氏も遺体をもってくると協力した。

                      そのとき協力してくれたカレン人は いつも桂三の葬儀してくれるとききてくれます。

                       彼に 命を救われた日本人はたくさんいます。

                       はっきりいえばカレン民族の負けである。


                      この時の紛争で一人の日本人が亡くなった。日本人の義勇兵に詳しい人に言わせれば カレン民族で最後まで 戦った日本人は彼位らしい。

                       あと何人かこの戦いに参加していた日本人は 劣勢と思いきや そのまま日本に帰ったらしい。

                       自称傭兵 軍人だったら最後まで戦うのは 当たり前の事のような気がするのは 僕だけかな? 都合が悪くなったら尻尾巻いて逃げるのなら最初から参加しないほうが ましだと思うのは 俺だけなのか

                       カレンに関わっていた日本人のほとんどは サバイバルゲームの延長だったのは 確かなことだと俺は思う。


                       最後まで戦った日本人は ワンカーにある石碑に書かれている人だけだと俺は思う。


                       俺は以前とある日記に アマのジャーナリストと書いて マスコミ関係に顰蹙を買ったことがある。

                       俺は 本気で書いたつもりだった。 カレンについて書いた西山氏は 本気でカレンの事を思い一銭も受け取らず 本で得た収入も 迫害されている山岳民族のためにその金はつかった。

                       しかし彼はあまりにも純粋すぎて彼のことは カレン民族関係者から 抹殺された扱いだ。


                       彼こそ本物のジャーナリストだと思う。 彼の書いた
                      「 カレン民族解放軍の中で」

                      いままで読んだカレン関係の本は すべてかすんでみえた。

                       機会があったら 彼の著書をよんでもらいたい


                      ワンカーで亡くなった日本人の事ここで詳しく書かれています。
                      http://www.uzo.net/notice/lin/freedom/freedom1/freedomj/mf2.htm



                      | tosiyosi | 夜明けのスキャット | 10:14 | comments(0) | trackbacks(1) | - |
                      夜明けのスキャット 23
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                         どうして皆東南アジアをめざすのだろう。 何かを見つけに東南アジアに目指す人間は後をたたない。

                         なぜ桂三はカレン民族解放運動に参加しようとするのだろう?


                         地方に行くと必ず聞かされる事は 人身売買 幼児売春 必ず聞かされる。  俺なんかタイに毎年行っていると必ず回りにいわれる言葉は
                        「 タイに 子供買いに いってるんだろう! 」

                         と絶対誰かに言われる。 それくらい普通の出来事なのだろう。基本的に俺は ガキとはやらん。 やったところでぜんぜんおもしろくないだろう。会話の成り立たないセックスなどおもしろくもなんともない。


                         地方から売られてきた子供は バンコクで物乞いさせられてその合間に 売春とかさせられると聞いたが。 。 そして臓器が売られていくらしい。

                         この辺りは 真剣に調べたわけでもない。  詳しいことは他のジャーナリストに任せたい。

                         俺の知り合いの坊主がそういう子供を救いたい為一生懸命やってる人も知っている。 俺も少し手伝おうかとも思った。

                         俺も個人的に 売られていく子供達を救おうと思い色々しらべてみた。

                         しかし調べれば調べるほど 考えさせられる事が多いのである。

                        実際この問題を解決しようとすると本当に脅されるとも聞いた。

                         

                         一つぶち当たった事 本当に東南アジアの人達は そんなに貧しいのか  間違いなく貧しい人達はいる。 しかしね東南アジアという場所は 食い物にさほど困らない場所なのだ。

                         魚はたくさんとれるし 米は二毛作 冷蔵庫という物は 最近になって東南アジアに普及してきたみたい。 田舎の方に行くと冷蔵庫が必要無い所もあるのだろう。

                         冷蔵庫というものは 食べ物を保管する所 そんなことは子供でもわかる。 


                         カレン民族に関しては ボランテイア活動が活発である。

                        難民キャンプにいれば 飯も医療費も 教育費も必要はない。
                        寄付金で やっていけるのである。

                         わるい言い方すれば ペットと一緒である。尻尾ふっていれば飯もタダ 医療費もかからん

                         子供を売るのは 誰か? その親である。 その親は本当にまずしいのか? ただ単に テレビとか冷蔵庫がほしいだけなのか? 美味いものが食べたいだけでは ないのか?

                         単なる自分の物欲を紛らわす為に 自分の子供を売るのでは?

                         そんな疑問が俺の中にはあった。

                        今現在の東南アジアのビジネスチャンスは 他人の不幸と危険を売り物にしているような所は 東南アジアには少なからずあるような気がしてならない。

                         もっとも最悪なのが ボランテイア詐欺である。他人の不幸を種にして金を集めまくっている詐欺集団の話は 少なからず聞いてしまった。

                         100万集めたとして 1万位は 彼らのために使い 残りの99万は自分のポっケの中にいれる。

                         俺も少しだけボランテイアはしてますよ。

                        趣味で稼いだお金は 全部寄付してきた。 空手の指導料で稼いだ金は 全部後輩達の胃袋の中に納まっている。

                         キックで稼いだ金 (二回しかないけど…)は知り合いの坊主に全部渡した。むちゃくちゃ少ないですけどね…


                         よく聞かされる話が 世界中には 一日1ドル以下で生活している人達がたくさんいるらしい。

                        こういう人達に言いたいのが 本当にそれしか稼げないのか?

                        観光客の目の前で 少し芸するだけで 2ドル位はかせげるんじゃないの?


                         それ位の努力はした方がいいと思う。

                         そんな疑問が俺の中には タイに行くたび少なからずあった。  

                         でもね 東南アジアにもすごい奴らはいるのよ

                        身体障害者の人達だ。少し前「1リットルの涙」 というテレビ番組があった。 最近になって見たんだけど俺は冷静な目でみれた。

                         あの主人公の女の子は 最後まで本当にがんばったとおもう。 何度もテレビも見て泣いてしまった。

                         しかし東南アジアではがんばる事も許されない人達もいるのよ。 この間タイに行った時僕についてくれた 通訳のひとは 右半分不自由な人だった。

                         その人に聞いたところ タイは あなたみたいな不自由な人はちゃんと保証してくれるの?

                         とたずねた所 「 何もしてくれない」 という答えがかえってきた。

                         それでも彼は自分の力で 一生懸命生きている。 誰にも頼らずネ

                         バンコクの街中歩いていると あからさまに身体の異常のひとたちが 物乞いしている。 日本では見られない光景だ。

                         でも彼らは その異常差を武器にして 力一杯生きている。

                        決して俺には まねの出来ない行動だ。


                         ブルーハーッ の曲でこんな歌詞がある。

                        「 どぶねずみみたいに 美しくなりたい 写真には 写らない 美しさがあるから」


                         本当に カンボジア 山岳民族は 不幸なのか?

                        俺には 疑問である…


                         独り言はこの辺にして 

                        続き!

                         二度目のメソットは 飛行機でむかった。 車でバンコクからメソットに向かうと6時間位かかる。 飛行機だと1時間半位。 現在はメソット行きの飛行機は出ていない。

                         メソットの空港に到着するといつもお世話になっているM氏が向かえに来てくれた。この人物には毎度お世話になっている方で 普段はとても静かな人物だが 心の中はとてつもなく熱い男である。

                         見てくれはビックリする。 右腕が無いのである。桂三のため何度も日本領事館とか警察に交渉してくれた人物だ。

                         この事件に関わるほとんどの人物は やばい事には関わりたくは無いのか 俺とも接触を避けたがる。 なんていったってタイの坊主も逃げたくらいだ。


                         根っからの仏教徒で以前はミャンマーの有名な比丘の後を10年以上ミャンマーを一緒に回ったこともある人物。

                        最近の宗教家は理解できない人物が多い。 よく他人を助ける為一生懸命やってます! 見たいな事ぬかしているが 俺からいわせれば 他人を助けたいのではなく 自分が助かりたい!

                        そんな印象を受ける宗教家が多い。 この人物は何年物間難民とか山岳民族を一人で助けていた人物である。

                         メソットに行く途中麻薬検問が何箇所かある。 ミャンマー人は皆バスから降ろされて持ち物検査とか厳重にされる。

                         最近はどうなのかわからないが 年頃の若い女性は検問をしている警察にレイプされるらしい。

                         そういう子が警察にレイプされないように何度も一緒にバスに乗りバンコクまで送ったりしていたらしい。 たまに警察に捕まり検問で説教食らっていたらしい

                           メソットの名物日本人でもある。
                         
                        この男の事で一冊の本は出来上がる。そんな男だ。ただ走りすぎてかなりうざい面もあるが 心優しい人である。

                         三ヶ月に一回位電話が来る。 最近では 無視することも多い。  話ながいから…

                         とりあえずメソットにあるポーンテップホテルにM氏に予約入れてもらった。 俺が直接ホテルに予約すると高くつく。   何回か自分で予約したが タイ語話せない為高い料金になってしまう。

                        代わりにこの人にたのんで予約をいれてもらった。

                        着いた初日M氏の自宅で タイスキをご馳走してくれるというのでA氏自宅でご馳走になった。 この時もう一人の日本人も一緒に加わった。 

                         この人は 外科医だ。メソットとミャンマーの国境沿いの シンシア病院で 1年間 ボランテイアで 難民を見ていた人物である。

                         歳は僕と同じ歳。 この男と一緒にA氏の自宅でタイスキをご馳走になった。 このA氏の奥さんの作る料理はかなり美味い! 特にカオパットなど 今まで食べたカオパットなど比較にならないくらい美味かった。 タイスキももちろん美味い!

                         その後何度もタイスキを食べたが この時ご馳走になったタイスキが一番美味かった。


                           料理が美味いのはいいんだけどこの二人本当に無口な二人だった。 


                         回りにもしゃべらないので俺が一生懸命話しかける。   今回の事件で色んな人にあったが皆神妙な感じでもある

                         まあしょうがない この二人は桂三の事も知っている人物でまだ桂三が亡くなって2ヶ月位しかたっていない。


                         けど ちょっとはしゃべろうよ… って感じだった。 俺が無理やり話題を作って話をひろげていた。

                         この時不思議な声がした。

                        「 トッケイ トッケイ トッケイ グルグルグル トッケイ…」


                         俺が驚いていると M氏が

                        「 ああ トッケイだよ ヤモリの一種 家とかに住み着くんだ。カレン人はトッケイ食べるらいいけどね…」

                         実際見たことあるが 正直食べる気にはなれない。  以外と凶暴らしい

                        トッケイヤモリは 東南アジア一帯に生存しているヤモリだ。

                        トッケイヤモリが家に住み着くとそこの家は栄えるという言い伝え。

                         トッケイヤモリの声を7回聞くと幸運が訪れるらしい。

                        この時何度もトッケイの声をきいた。 7回聞いたのかはいまだに不明だが トッケイヤモリは ずっと長く

                        「 トッケイ! 」 と鳴いていた

                         この外科医も 高部正樹の著書「 傭兵の誇り」に感化されてきた人物でもある。

                        日本で得る高収入を捨て カレン難民の為 メソットにやってきた。 シンシアではもちろんボランテイアである。  メソット関係 KNU関係からは絶大な信用が有る男でもある。


                         話を聞くと帰りの飛行機は俺と一緒なようだ。 俺はてっきりこの家の食事で会うのは最後かな?

                        と思っていたのだが それから何年も関係は続いている。

                         彼も桂三とは面識がある人物でもある。 桂三が亡くなる二日か3日前 メソットにある日本人向けのゲストハウスで 桂三がパソコンいじっている姿目撃している。

                         外科医曰く 桂三は以外と常識がある人物だったといっていた。


                         少し桂三の事を書こう。

                         桂三は 基本真面目である。 勉強も好きだし柔道 空手もやっていた。


                        ただし性格は ものすごい短気  桂三の同級生で 桂三にいじめられた人は数がしれない。


                        特にヤンキーが嫌いだった。 桂三のエピソードは数がしれない。 俺が聞いたのは 

                        「 アンパンマンごっこ」  アンパンマンとは あのアンパンマンである。

                        生意気な ヤンキーがいると 見つけては 便所に連れ込み

                        「 これから アンパンマンごっこしよう! 俺アンパンマン お前 ばい菌マン!」


                        といってボコボコになぐるらしい。  最後に「 正義は勝つ!」

                        といって終わりだそうだ。

                        その他にもエピソードは欠かせない。

                         まだ先のことであるが それから一年後 桂三の携帯電話が見つかった。

                        一番最初に名前があったのが 桂三の大親友阿部君の名前があった。


                        桂三とは幼なじみである。 もう一人幼なじみがいる。

                        その人物は エンタの神様というお笑い番組がある。 それの常連だった。

                               「いつもここから」

                          という お笑いコンビがいる。 菊池ひでのり君である。

                        その一人菊池君と阿部君と桂三は 幼なじみであった。



                        そういえば家の周り三人で 無邪気に走り回っていた三人の姿をよく見かけていた思い出がある。

                        あの中に 菊池君がいたと あとで妹に聞いた。

                         あべっ子  ひでっこ とよびあっていたそうだ。

                        阿部君にいわせれば いつもここからの「 悲しい時シリーズ」

                        は 桂三にいじめられた思い出がネタになっているそうだ。

                        菊池君は 絵が上手かったそうだ。 その絵をむちゃくちゃにしたりした。


                        菊池君は ジグソーパズルが大好きだ。 完成間際桂三はそれを見てむちゃくちゃにする…

                         とくにこのネタはまさしく桂三だそうだ

                        「 悲しい時 友達が家に遊びに来て ポテトチップスを出した時 その油ぎった手を じゅうたんで 手を拭かれたとき!」

                         この三人は 俺が東京でたあと何年かして上京することとなる。

                          一人はミュージシャンを目指して 一人は 絵を描くため 一人は 警備会社を設立する為


                         結果的に一人は 五菱会幹部。 一人は ミュージシャン(今はやめたそうだ)

                        一人は お笑い芸人になった。


                        一回皆で集まろうとしたそうだ。 しかし菊池君は 桂三がくるので いくのやめたそうだ。

                         もしこの日記を読んでいる方で 菊池君の関係者がいたら ひでっこ に、おつたえてください。


                           桂三の兄貴が 謝っていたと つたえてください。


                         ごめんね 菊池君   多分桂三は悪気はまったくなかったとおもいますが… 

                          ちょっとこの辺自信がありません…


                        | tosiyosi | 夜明けのスキャット | 18:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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