日本実践空手道 英真会

 愛と平和な西新宿な日々 と 高円寺の夜
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    夜明けのスキャット 33 報告書 1
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       吉田桂三事件(以下kzとする)           書 吉田 俊英 
      この文書の内容は、私吉田俊英本人が、調べた内容であり、本人が作成したものである。
      吉田俊英が、吉田桂三に実際接触していた人物から証言を集め作成したものである。2003年9月10日自宅
       
      2003年2月20日朝9:00タイ ターク県メソット郡メーパ町 メーソットから車で10分弱徒歩1時間以上の国道脇(道から少し外れたところ)でちかくの工場勤務のカレン人が 小さな水路内で 首吊り死体を発見し 知り合いのタイ人に報告しそのタイ人が メソット警察に通報する。
       連絡を受けた警察は 現場に駆けつけ殺人事件として捜査を始める。このことは 新聞にもテレビにも報じられている。持っていた所持品の中にパスポートが入っており岩手県出身吉田桂三と断定された。が時間が経つにつれ自殺に切り替わり日本大使館には桂三が自殺したと言う報告をした。

       桂三が亡くなる1ヶ月前一人の日本人男性が遺体で発見された.死因は首吊り自殺である。それに連鎖をして自ら命を絶った。と報告した。

       遺書は発見されてない。

      午前中まで桂三の書類は在ったらしいが午後には桂三関係の書類が無くなっていた。何人かの人が探したが結局見付からなかったという情報がA氏からあった。

      (この情報元をA氏に問い合わせた所その人タイ在住者なので聞かないでほしいと断られた。私の予想だとB氏と思われる。B氏は元傭兵の作家である。)

      桂三の遺体はすぐに警察に送られた。(普通は 一般の病院に送られるらしい)Z氏の話だと警察が調べていくうちに身内(警察)の犯行と分かったので自殺に切り替えたと推測される。

      その日にカレン人のT氏が事情聴取に呼ばれたがそれを彼は断った。理由は仲間を殺すはずないだろうという理由らしい。多分もし彼が事情聴取に行ったら彼のせいにしたと言われている。ちなみに桂三が発見された場所はメソット在住10年のC氏も知らない。

      (
       桂三はタイにきた目的はカレン民族同盟(KNLA以下)に入るためでA氏の伝でバンコク在住のDを頼った。がDはこのことを聞いてなかったらしく)Dは断った。


      そこで桂三と押し問答となる。D氏も断る理由があった。 以前桂三は解放区にD H JとKNUの解放区に 入っている。

      (
      そのときの桂三の印象が悪かった。桂三のカレンに入る目的は日本でヤクザまたは金融をやる為はくをつけるためにやってきたらしい(H証言)
      Hが銃の撃ち方を教えようとしても桂三は拒んだ。その他色々な失敗をして、KNLAからは使えない日本人と認識された。そういう理由でDはことわり「前にも1度カレンの解放区にはいているから中への入る方法方法もわかるだろう もういい大人なんだから今度は自分でやってみろ」と断った。
       しかたなく桂三は日本にいるA氏にもう1度連絡をとりカレン第7地区J氏を紹介してもらった。そして桂三はカレン族の解放区に3年ぶりに2003年1月10日位に山にはいった。その前に一人の警官が桂三に接触している。桂三を「タークでムエタイの試合があるからいかないか」と誘ってきたらしい。だが実際待ち合わせに行ってみると「今日ムエタイの試合は、なかった」と言っていかなかった。

      その警官とはムエタイのコーチらしい。そして1週間位解放区ですごしてから出てきた。そして解放区から出てきた桂三の口癖は「山に入りたい」。と言っていたらしい.
      桂三のメソットでの行動はムエタイの練習、後はLかZと酒を飲んでいた。

       (Z氏とは兵庫県出身フランス外人部隊に5ヶ月所属した経験がある。しかし回りの証言によると嘘だといわれている。理由はかなりいいかげんな人物で彼の言うことはあまり信用ができないというのがメソットに来ている日本人では定説らしい。2004年まで神奈川県川崎市にある工場に住み込みで働いていたが現在はやめており行方はわかってない。H氏の証言によると家庭のいざこざで何か問題がある状態で連絡がとれない)
      ZはメソットにKNUのキャンプに入るためにきた。目的は,KNUの独立民族紛争に参加するためである。

       彼も桂三同様B氏の本を読んで彼の本に共感をよんでメソットに来た。KL氏とは毎年乾季11月から2月までタイで過しておりミャンマー人と結婚しており現在一人の子供がいる.

      話に聞くとタイ人と3人で食事している所を目撃されている。自称日本人という人が桂三に接触をしていた。その自称日本人はどうみてもタイ人らしいL)氏の家の下で桂三と話をしていた。

       L氏がそれを見て「あの人誰?」と聞くが、桂三は答えなかった。
      これを見てL氏は「あぶないから 変なヤツとは関わらないほうがいいよ」と忠告をしていた。回りの話だと桂三はタイ語も英語もだめだったらしいが少しはしゃべれたのだろう。ムエタイでは スパーリングは するレベルではなかった。せいぜいサンドバックを叩くくらいだった。

      昨年末頃タイの警察が桂三を探しているとの情報がカレン軍からあった。なぜ探しているかとの理由は 麻薬に関連してのことだった(A氏証言)

      桂三は3日か4日おきに金を5000バーツずつ下ろしていた,メソットの物価を考えるとこれはおろしすぎである。メソットの1ヶ月の給料はだいたい1000バーツから3000バーツ位らしい。L氏によるとけいぞうは地元の人間にたかられていたらしい。

      桂三は回りの人間になめられないように 「日本でヤクザをしていた」といい「今回は100万位日本から持ってきた」と回りの人間にいっていたらしい。 

      (5000バーツの使い道として女がいたという証言もある。理由は他に5000バーツという大金の使い道は無いからだ
      所持品の中に女と一緒に写った写真があったらしいがなくなっている。警察の証拠写真の中に女の写真があったが私の目の前で抜かれた)



      桂三はあちこちで揉め事を起こしていたらしい。日本人とも揉めていた、相手ははL氏だ。喧嘩の理由は以前桂三がフランス外人部隊に面接に受けたことがある。そこで桂三は面接に落ちる。理由はフランス語が喋れなかった為である。Lはフランス外人部隊に5ヶ月ほど入隊してたことがある。桂三とLは何かのきっかけで口論になった、

       そしてZは桂三に「外人部隊落ちたくせに」と一言行ったらしい、桂三はそれを聞いて激怒した、二人は3回喧嘩をした。桂三がかなりしつこかったらしい。あまりにもみかげて、Mは、桂三に、「日本人の評判が悪くなるからいいかげんにしてくれ」といったらしい。

       この二人は、はじめは仲がよかったらしい。桂三ははじめ Zの家に とまっていた(1,2週間)しかし一緒にすんで3日目で喧嘩をしていた。
      桂三は 通っていたジムとも揉めていた。そして桂三は 評判が悪くなりだした。(しかしl氏の話だと揉め事はZ氏としかしてないらしい)そして桂三が死ぬ3,4日前に、またコーチが「今度チェンマイで試合があるから見に行こう」と誘った。

      19日桂三は 日本にいる友人に電話をしている。一人は金融関係で話の内容は「ムエタイを習っている。こっちはものすごく楽しい 毎日が楽しい」と言う内容だ。その人いわくとても死ぬそぶりでは 無かったらしい。もう一人は A氏である。内容は「24日に山に入る」と言う内容だった。あと桂三がどこかにかなり長い間メールを打っていたのをK氏が目撃している。
      桂三が泊まっていたゲストハウスの責任者によると桂三は19日に顔にたくさんの傷を作って帰ってきた。そのあと桂三は棒を持ってでていった

      (k氏とはメソットとミャンマーの国境沿いにある難民病院で1年間働いていた外科医、彼もBの本に影響されメソットにきた。難民病院ではボランテアで働いていた。

      その日の午前中ムエタイの練習を 1時間位している(am10:00からam11:00くらいまで)この日に浜辺氏と飲み屋で殴りあいの喧嘩をしている。それにみかげたL氏は日本人の評判を落とすような事はやめてくれと桂三を諭すようにいった。

       20日 pm1:00頃 桂三は パオ―病院に行った。風邪薬と食道炎の薬を処方してもらっていたと聞いている
      ( A氏の情報によると精紳安定剤を処方したらしい。)
      桂三はこの日カナリの興奮状態だった。ゲストハウスにもどってきた桂三は出たり入ったり(ゲストハウス)をして 誰かと喧嘩したらしく
      {ぶっころしてやる}
       と言って 興奮しながら棒を持って出て行った。桂三はその時腕にケガをしていた.その日は帰ってこなかった。

      「ゲストハウスの責任者によると桂三が興奮して出て行ったのは死ぬ2日前と証言した。桂三はでていったのは19日らしい。」

      その日の午後3時頃バイクタクシーの運転手が、桂三らしい日本人が国道を,死体発見現場に歩いて行ったのを、目撃したらしい


      (この証言は今までの桂三を,照らしあわせるとつじつまが、あわない。実際L氏が警察に事情聴取に呼ばれたとき、このバイクタクシーの運転手もよばれたらしく、そのバイク運転手が警察に到着すると一人の警官が、これで自殺と証明されるといっていたらしい)

      21日朝遺体で発見される。

      その日の夜自分の所に 親父から連絡が入り「桂三がタイで自殺した 遺骨を引き取りに行ってくれ」と頼まれた
      | tosiyosi | 夜明けのスキャット | 18:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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