日本実践空手道 英真会

 愛と平和な西新宿な日々 と 高円寺の夜
<< 夜明けのスキャット 23 | main | 夜明けのスキャット  25 >>
スポンサーサイト
0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    | スポンサードリンク | - | | - | - | - |
    夜明けのスキャット 24
    0
        昨日新宿フェイスで 同じ歳 同じ誕生日の友人破天荒なキックボクサー庵谷鷹志試合見てきました。

      仕事の都合で試合に間に合いませんでしたが Koで勝ちました。 よかったですね!

       この歳でリングに上がるということはよほど好きじゃないと無理です。

      今後彼は 指導に回るそうです。 彼なら素敵なキックボクサー育てる事でしょう。

       リングに上がる人は絶対強くなければいけません。 強いプラスアルファがないと プロのリングで生き残ることはむりのような印象うけます。

        その点彼なら絶対大丈夫です。  素敵なキックボクサー育ててくださいね! 楽しみしてます。

      ちなみに同じ日後楽園で 総合の元同門の試合の試合があった。 決勝で判定で負けたそうだ。

      残念…


      フェイスの方が 大事だったのでいけませんでした…  申し訳ない


      では続き!


       二度目のメソットの目的は、ある方からの情報を確認する為にきた。

       とある情報とは、最初桂三の遺体が発見された時は、殺人事件でメソット警察は、捜査していた。

       しかしその日の午後からいきなり自殺に切り替わった。 という情報。もう一つ  桂三が亡くなる前日桂三は 病院に行っていたと以前の日記に書いた。 領事館の話によると風邪薬と胃薬を処方した。と僕は報告をうけた。

       しかし桂三は、病院に行った時ひどく興奮状態だった様子。

      おまけに桂三は タイの病院にいって薬を処方してもらうほど語学力はない。  間違いなく誰かに付き添われて病院に行った と思われる。

       その時処方された薬は 精神安定剤という情報をある方からもらった。それを、確認する為メソットにきた。

      はじめメソット警察に向かい桂三担当の警察官を呼んでもらった。 しかし桂三担当の警察官は すでに地方に転勤になっていた。 その警察官は、メソット警察に来てまだ間もなかったようす。 しかしもうその警察官はいなかった。 しょうがないから他の警察官を呼んで話を聞こうとしたが 一言こういわれた。

      「 あの事件は もう終わったんだ! さっさと帰ってくれ!」

      俺は 何言ってるんだ? あの時お前ら再捜査するっていってたじゃねーか!

       何言っても埒が明かなかった。しょうがないから 桂三が病院行った時何の薬処方したのか その書類見せてくれるように
      病院側に交渉してくれ と頼んだら一言!

      「 勝手にいけばいいじゃねーか!」

      俺はその時殺意という物を初めてかんじた。 

      俺も軽くかんがえていた。 遺族がいけば簡単に話しが済むとばかり思っていた。しかしそんなことは関係無い様子。

       まともな通訳も頼んでいなかったから話はこじれるばかり。

       M氏に付き合ってもらってパオー病院に二人で向かった。
      処方箋位簡単に見せてもらえるかとおもっていたら、 ものすごい勢いで断られた…

       その断り具合は なぜか俺には 頼むから聞かないでくれ…

      お願いします。 そのような印象を受けた。

      まともな通訳が必要かな と思いM氏に相談すると今とある有名カレン民族を追っているカメラマンが サイアムホテルにいるらしいから たのんでみたら? と言って来た。

      M氏はメソットに15年位すんでいるがタイ語はほとんど話せない。 話せないというより覚える気が無い。 

       タイ語は、非常に難しい。英語のほうがはるかに簡単だ。
      何が難しいといえば発音がむずかしい。

       しかしなれてくると少しずつであるが 聞き取れてくる。

      15年もいればタイ語は絶対理解できると思う。多分彼はタイ語はわからない不利をしているだけかもしれない。

       メソットという町は 非常に特殊な町である。 となりには世界最貧国の軍事国家ミャンマーがある。

       我々日本人には。理解できないかもしれないがメソットには数多くの国の諜報員がたくさんいるらしい。
       下手な事は絶対いえない町でもある。  ちなみにサイアムホテルはミャンマー政府の諜報員が泊まる場所で有名だ。 現在このホテルはない。


          タイ人にカレンと言っても通じない。 本当の発音は

                 「 カリィヤン」 である。



       もう一つのメソットに来た目的は 桂三の遺骨をメソットの川に流してやろうとおもった。 桂三はなんだかんだ言ってもメソットに目的があってやってきたのだろう。

       こんな事で殺されてはさぞかし無念だと思い タイで遣り残した事あるんだろう。 桂三の魂少しだけメソットに残してやろう と決めていた。

       そのことM氏に相談すると
      「 いい場所があるよ 慰霊碑の側に川が流れている。 そこがいい。  日本人の慰霊碑がね ワンカーにあるのよ

       そのワンカーにカレン軍の本拠地があったんだけどね  ビルマ軍に壊されてしまった… 」

      その場所の名前は ワンカー マナプローと呼ばれる場所  カレン語で コウムラという。

      カレン軍の本拠地があった場所 一人の日本人がなくなっている。その日本人は青森県出身 僕も東北出身者であってなんとなく親近感がこの男には持てる。

      この慰霊碑はメソット郊外にあり徒歩ではとてもじゃないけどいけない。 途中麻薬検問もあり外国人だけではいけない。地元の人の案内か 慰霊碑関係者じゃないといけない場所だ。

       この慰霊碑はマスコミにもなんどか登場した。
      登場するたび賛否両論が巻き起こり 日記とか雑誌にこの慰霊碑を載せると必ずもめるという慰霊碑でもある。

      僕もこの慰霊碑の写真を日記に載せた時も少しだけもめた。


       この時の僕は慰霊碑の存在が あるとは思っても見なかった。 いきなり慰霊碑を見せ付けられてしまった。

       A氏に連れられてこの慰霊碑を見たとき とてつもなく胸を締め付けられた。

       このタイとビルマの国境沿いのこのへんぴなこの場所になぜ日本人の慰霊碑があるのだろう

       この慰霊碑に書かれている3人の人物は 何のためにこの場所で死ななければならなかったのだろう

       生まれ故郷でしにたくなかったのか

       さぞかし怖かっただろう 苦しかっただろう 愛している人物に別れの挨拶はできたのだろうか

       色んな言葉が頭の中をよぎっていった

       予備知識もなくあの慰霊碑を見せ付けられたこの俺は 言葉も何も出なかった。

       慰霊碑の側を流れるモエイ川に桂三の遺骨を流しながら 俺は人知れず涙を流した。

       桂三 今井氏 岩井氏 西川氏この4人は 息を引き取る瞬間どんなことをかんがえていたのだろう。

       この夜僕はベットの中で 一人泣いていた


      M氏は 俺にこういった。

      「 この石碑の管理人は俺なんだよ… この話落ちついたらこの石碑に桂三君の名前きざむようにたのんでみるよ…」


       この話は一向に落ちつく気配はない。

       下手にタイ語を覚えると面倒な事がたくさんあるのだろう。

      俺は途方にくれた。何をどうやったらいいのだろう?

      俺にはあまりにも荷が重過ぎる事件である。俺は単なる空手好きの鳶職なのだ。

       最近偶然にも 3年前から探していた本 著者 西山たかすみ氏の「 カレン民族解放軍の中で」 を手にいれた。

       いくら探しても見つからなかった本だった。 噂で聞いた話だが この本世の中に出回ってほしくない人達がいるようだ。

       確かに 本を読んでみたが 名指しでカレン関係者の名前が一杯出ていた。 

      右翼関係の名前がでていた。 この本は現在市場にはでまわっていない。

       唯一ヤフーオークションで てにはいることは出来る


      カレン民族紛争で 亡くなった人が3人いる。 西山氏はその中の一人だ。 彼はマラリアが原因で亡くなった。  西山たかすみ  本名 西川たかゆき

       1990年初頭 ミャンマー政府とカレン民族の戦闘が激化した時期がある。 メソットには大量のミャンマー側の難民が押し寄せた。

       彼は病院には行きたがらなかったらしい。 回りの人間に さっさと病院に行け といわれても彼は行かなかった。

       しょっちゅう倒れていたりして回りの人間を心配させた。

      病院いったとしても 点滴を打つ時普通なら二時間かけてゆっくり点滴打つのだが わざと 点滴調整して1時間で打ってみたり あまり身体のことは気にかけていなかった。

        カレン民族紛争でもう一人マラリアで亡くなった人がいる。 彼とは非常に仲がよかったらしく彼のことが 忘れられず マラリアに感染しているのにも関わらず
      病院に行くのを拒んだ。


       実は拒んだ理由にもう一つの噂があった。  じつはエイズだったのでは?という噂がある。

       タイという国はマラリア治療の先進国でもある。  あの辺りでマラリアに死ぬということはほとんどないそうだ。

      いろんな噂を聞いたのだが 噂だとそうだという。

       西川は 日本の芸能界とも精通していた。 KNUとミャンマー政府が衝突激化したとき テレビ局の取材は彼がうけていた。 彼が亡くなったあと 高部正樹が取材をうける。

       西川は あの当時テレビ局に勤めている人とつきあっていたそうだ。

      そのコネで    KNUの情報はかれから 日本のテレビ局にいっていた。

      そのつながりで メソットにあった日本人向けのゲストハウスの女主人は タイに来た芸能人の通訳をやった。 日本では有名な芸能人ばかりの通訳をしていた。

       津波の被害があったとき彼女も通訳をやったときいた。

        現在日本人と結婚して日本に住んでいる。 彼女は タイ人といっているそうだが本当はカレン人だそうだ。


       彼らは 自ら義勇兵と名乗っていた。 なんら傭兵と呼ばれる人達と変わらないのだが 一つだけ違う所がある。

       傭兵は 職業軍人と呼ばれる人達だ。 義勇兵は 一切金銭を受け取らず 弱い立場にいる人を助ける為 銃を持った人達らしい。 


       西川は金銭はまったくうけとっていなかったそうだ。

       メソット郊外に ワンカーと呼ばれる場所がある。 そこはマナプローと呼ばれるカレン軍の本拠地があった場所だ。  カレン語でコウムラという。

       1995年ミャンマー軍の攻撃によりマナプローを明け渡さなければいけなくなった。 ここは 難攻不落の基地とよばれていた。 しかし 難攻不落の基地もミャンマー軍の手によって取り壊された。


       この時亡くなったのが 今井氏である。 彼は元習志野空挺部隊 自衛隊のエキスパートでもある。

       彼の最後はすざましかったようだ。 後頭部が吹っ飛んでいたそうだ。 上半身と下半身が引きちげれそうになっていたそうだ。

       彼に助けられたカレン人は たくさんいるろうだ。  彼は パスポートも捨て 日本人というのみすてカレン人になって 紛争に参加した。  カレン語にも精通していて 日本人とカレン人の通訳もやっていた。

       メソット在住の日本人とは非常に仲がよく 彼の家によくとまりにきていたそうだ。

      面倒はよくみていたそうだ。

       彼にいわせれば 他の二人は 日本からスーパーファミコンをもちだしてそればっかりしていたそうだ。 べつにこの辺自由だとおもいますがね…


      今井氏の遺体は ミャンマー側に埋められた。 遺族は 納得するはずもない。  その遺体をほりだしてもってきたそうだ。 そのときM氏も遺体をもってくると協力した。

      そのとき協力してくれたカレン人は いつも桂三の葬儀してくれるとききてくれます。

       彼に 命を救われた日本人はたくさんいます。

       はっきりいえばカレン民族の負けである。


      この時の紛争で一人の日本人が亡くなった。日本人の義勇兵に詳しい人に言わせれば カレン民族で最後まで 戦った日本人は彼位らしい。

       あと何人かこの戦いに参加していた日本人は 劣勢と思いきや そのまま日本に帰ったらしい。

       自称傭兵 軍人だったら最後まで戦うのは 当たり前の事のような気がするのは 僕だけかな? 都合が悪くなったら尻尾巻いて逃げるのなら最初から参加しないほうが ましだと思うのは 俺だけなのか

       カレンに関わっていた日本人のほとんどは サバイバルゲームの延長だったのは 確かなことだと俺は思う。


       最後まで戦った日本人は ワンカーにある石碑に書かれている人だけだと俺は思う。


       俺は以前とある日記に アマのジャーナリストと書いて マスコミ関係に顰蹙を買ったことがある。

       俺は 本気で書いたつもりだった。 カレンについて書いた西山氏は 本気でカレンの事を思い一銭も受け取らず 本で得た収入も 迫害されている山岳民族のためにその金はつかった。

       しかし彼はあまりにも純粋すぎて彼のことは カレン民族関係者から 抹殺された扱いだ。


       彼こそ本物のジャーナリストだと思う。 彼の書いた
      「 カレン民族解放軍の中で」

      いままで読んだカレン関係の本は すべてかすんでみえた。

       機会があったら 彼の著書をよんでもらいたい


      ワンカーで亡くなった日本人の事ここで詳しく書かれています。
      http://www.uzo.net/notice/lin/freedom/freedom1/freedomj/mf2.htm



      | tosiyosi | 夜明けのスキャット | 10:14 | comments(0) | trackbacks(1) | - |
      スポンサーサイト
      0
        | スポンサードリンク | - | 10:14 | - | - | - |









        http://tosiyosi4811.jugem.jp/trackback/194
        【阪神タイガース】金本アニキ連続フルイニング出場ストップ!
        びっくりした。スタメンに金本アニキの名前がない。最近の成績や送球できない状態を見ればスタメンから外すのは当然の策だが、3連戦の途中の突然の出来事にびっくりだ。やはり昨日の守備の拙さが直接の要因だったのだろうなあ。これで当然打線が繋がるようになる。打
        | にたろうの退屈な日々 | 2010/04/18 5:22 PM |
             12
        3456789
        10111213141516
        17181920212223
        24252627282930
        31      
        << December 2017 >>
        + PR
        + RECOMMEND
        + SELECTED ENTRIES
        + RECENT COMMENTS
        + RECENT TRACKBACK
        + CATEGORIES
        + ARCHIVES
        + 西新宿空手倶楽部
         愛と平和な 空手な日々
        + MOBILE
        qrcode
        + LINKS
        + PROFILE